『群系』 (文芸誌)ホームページ 


27号合評会 同人レポート

                                      2011.9.14.

 合評会は、下記のように、いつもの場所で催されました。今回は、都合17人の方が出席され、過去最多でした。

 初めての試みとして、投稿文を編集に携わった同人など6人にレポートをお願いしました。このおかげで、合評会が全体に活性化したようでした。今回、それらのレポートを原稿にしていただき、HPに掲出いたします。外部の方にも、本誌(本号)の内容が少しでもご理解いただければと思います。

 レポートは、あらかじめ、27号目次を六つのブロックに分け(下記参照)、それぞれ、同人にお願いいたしました(レポートが本人投稿と重ならないよう)。


群系27号合評会

日時 9月4日(日曜)午後1時より〜4時半

場所  東京・江戸川区立タワーホール船堀4階の第1和室

二次会 魚民(船堀店 徒歩3分くらい)

   4時半過ぎ、一階ホールに集まって皆で行きます


 
27号の六つのブロック

 ブロック(個所) 投稿数(当日出席者)  ページ数  レポート担当

A 特集 勝原晴希氏以下〜 5本(3人)  40p  A さん

B 特集 佐藤隆之氏以下〜 9本(4人)  62p  B さん

C 特集 澤田繁晴氏以下〜 9本(5人)  37p  C さん

D 論考 内田誠氏以下〜  5本(2人)  25p  D さん

E 創作 大堀敏靖氏以下〜 4本(1人)  44p  E さん 

F その他ノート・書評類  11本(6人)   20p  F さん 


時程

 1:00  編集部報告(反響・次号方針等)     20分  

 1:20  レポート   A            10分   

 1:30  談義                  20分

 1:50  レポート   B            10分   

 2:00  談義                  30分

 2:30  レポート   C            10分   

 2:40  談義                  30分

 3:10  休憩                  10分

 3:20  レポート   D            10分  

 3:30  レポート   E            10分 

 3:40  談義     D・E 一緒に。      20分

 4:00  レポート   F            10分 

 4:10  談義                  20分

 4:30  終了

  以下、懇親会(自由参加)

 レポートは、各投稿文の概要を述べ、良かった点、こうした方が良かった点など、指摘いただけばと思います。出席予定の人のを中心にお願いしますが、欠席の人のも、良い場合などは、触れていただければ、と思います。(出欠については、金曜くらいに連絡)。
その後の談義(議論)は、20~30分で、ブロックによって多少の幅を持たせています。
(当日の都合で、多少、変わる場合がむろんありえますが)。―「群系掲示板」より抄出




「群系」27号合評会レポート

           (当日のものを、原稿にして提出していただいたもの-敬称略あります)


レポーター     A

大木惇夫 『海原にありて歌へる』を考える    勝原晴希

 一九四三年(昭和17年)日本軍がジャワに敵前上陸した後、ジャカルタで出版され「即日売り切れ」となった戦争詩集であるが、「荒々しい勇ましさであるよりもむしろ、ひっそりとした静けさである」と規定するように、日本人の抒情を問う秀逸な論文である。

 「白秋の推奨を得て自然詩人として出発した」大木の詩(うた)う自然≠ヘ、キリスト教に入信して「主客二元を前提とした西洋的な」ものであったが、戦場のなかで「『創造主』が『国知らす神』へと移し換えられるとき」、戦争詩が成り立」ち、「国家社会への誠実が詩に対する誠実を上回」り、日本人の通底音としての「郷愁」をゆさぶり、必然的にナショナリズムを鼓舞したのだが、そればかりでなく戦後すぐ発表した大木の詩は、「わが民」という発想を疑わず、愚かしかったという反省文にも「何が欺瞞であり、どのようなことが愚かしかったのかは、まったく記されていない」という。

 つまり、「何のために、誰のために」ということを無化してしまう日本の抒情の質について、勝原氏は最もよい例を示し、人間の「存在」のありかたにまで言及している。



レポーター     B

佐藤隆之  太宰の転向から戦争期にかけて

副題――中野重治と保田與重郎を視座としてーー  が構成を提示。中野「左」、保田「右」は論客として周知。この枠を「二本の効き腕」として、メインタイトルを抑え込み」照らし出す。論者は「太宰は、作品解釈の多重性を利用しながら、表面的には戦争体制へ順応しているかのごとく装い、内面的には自己の芸術活動へ邁進」した、と結論。証拠作品を複数に提示。太宰の転向は、家父長権への屈服という特異性を持っていること――これを中野の場合と比較・考察して「基本とはいえポイント」の一を先ず抑える。次に保田と太宰は共に「日本浪漫派」に出自を持つが、「戦前と戦中」の両者を比較対照すると大きな隔たりがある。「太宰の小説作品の多重性と、保田の評論活動の一義性はー―同レベルに扱えない」として、と太宰の戦時下の作品評価がしっかりできていない凡百の論者が多いと締めくくる。コンテンツを盛り込み端的にイイタイコトにいざなう達意の文章で、出席者の同感・賛意が多かった。



相馬明文  太宰治 開戦からの眼差し

前掲・佐藤論文の主意と通底・リンクする内容。サブタイトル「「十二月八日」「待つ」の覚書」を例として、太宰は「時局に迎合したのか抵抗したのか」と論議されるが、「太宰の深奥にはアイロニカルな思い」があり「積極的な抵抗とは言えないが」、太宰が「創作に向かった」その時期のベクトルを注視せよとする、これも佐藤論文同様、達意のもの。図らずも相馬・佐藤と現時点の気鋭の太宰研究者の論説が並んだ。



布施田哲也  昭和二十年の川端康成

副題「鎌倉の川端、月を仰ぎ、鹿屋を思った(昭和二十年五月二十五日)」――を事例とし、川端が海軍報道班員として鹿屋(海軍航空部隊の攻撃基地)へ取材命令を受けて出向いた、その経緯・結末を「時系列構成」に検討して「川端文学の人と作品」に思いを凝らした、これまた達意の文章。結局は軍部の使命に添わなかった川端だが、実は鹿屋の体験は色濃く戦後の人生に影を落としていて、その文学は戦後ますます深い哀しみに包まれていった――と趣意をいいきっていていて、同席の何人かから「同感!」の声が出た。川端は「言わないでイイタイコトを読者に伝える――パラドキシカルな方法」の絶妙な使い手であり、ここを表出・注視したことで筆者・布施田の視力に「拍手」したい。


戸塚麻子  対話と友情の不可能性

「中園英助「烙印」」−−を論じる。この異能・反骨の傑出した文学者の営為を周知させる文章。筆者は中国に赴任していて、この度帰国したが、「中園の特質の一つは、コスモポリタンでありながら、同時にナショナリズムを抱懐している」「特に中国・北京を舞台にする場合、ナショナリズムは強く意識されて表れる」と、両国を知る立ち位置から筆者のイイタイコトも表れている。「烙印」は、中園は、この両者の間に「宙吊り」になっての中園が描きだした「夢」ともいえ、また、ある一人の日本人の中国・中国人への片思いを描いた作品。が、「その夢は見果てぬ夢であり、その片想いは成就することのない、永遠の片恋」であって、この二つの思いは、終生中園の中に響き続けた。筆者・戸塚は中園の、この持続的な営為を今後も追及・検討したいと結ぶ。日中両国の消息・文学の知見豊かな筆者への期待大な論説。



土倉ヒロ子  堀田善衛「広場の孤独」小論

「小論」と題しているが、内実は堀田という一筋縄ではいかぬ戦後作家の代表を捕えて論じつくした、といえる。章の題が「コミットメントを巡って」「テーマを巡って」「冷戦・ヨーロッパとアジア」「メタフィクションの効果」と四部構成。筆者は「この小説のリアリテイは、やはり、戦争末期に上海に渡った堀田の経験が有るからだと思う」とし、「方丈記私記」を媒介にして論を深める。堀田は、東京大空襲の二週間後に上海に渡った。中国内戦の過酷な状況も明確に判っていたはずの堀田の中国行きをドリルの先端として、「サルトルとモオリアックの論争」「オーストリア亡命貴族テイルビッツの存在」と二つの挿話を用意して周到。さらにメタフィクションの仕掛けで最大効果をあげ、戦後文学屈指の作品に仕立てた堀田の力量を指呼して終わる。論者・土倉は同作は「9、11と3、11」とを経た私たちに共時性(シンクロニシテイ)を感じさせると伝えていることで「白眉」の文章をものにしたと思う。



名和哲夫  藤枝静男と戦争

藤枝の随筆「戦後ということ」の要旨説明からはじめ、藤枝の生涯を見渡し「徴兵忌避」「どんな目にあっても反対する決心をしている」−−という決心まで。藤枝文学の赤い糸・本質を端的に伝えて切れ味が良い。



間島康子  林 京子『祭りの場』−−怒りのうちに

「サブタイトルー―怒りのうちに」がイイタイコトだが、コンテンツの盛り込み方、フォーマットの作成法・コンストラクションがしっくりと合い、最終パラグラフまでゆるみない。ナラチヴな書法はこの筆者の特徴で、論理で押す筆法と対蹠的で、しっとりとしていて論題作品のこころにいざなう。最終行「−−かくて破壊は終りましたーー」はアメリカ側製作の言葉なのだが、同時に、この作の作者林京子の「決め言葉」にとどまらず、筆者・間島のイイタイコトとシンクロしている具合が、なんとも言えず叩頭した。土倉作品と通奏する同時代批評となっていよう。



野寄 勉  伊藤桂一「生き残り」―戦争体験の語り口ー

副題が示すように、伊藤作品についての筆者長年の考察のワンノブゼンとして、労作。

伊藤は、多くの聞き取り戦記を世に送ったが、語り手の口調に言及した「生き残り」において、戦争体験者は、その語り口に「微調整や修正が混交する」事実にいかに対処・対応したのか。体験者は「一篇の戦場美談を成立させる」が、それは「物語化」を疑われるケースもあり、その場合「取り上げる価値なぞない」のか。伊藤は、当該作で「(そうした体験談は)取り上げる価値なぞない、と黙殺するのはたやすいことであるが、その物語を血肉化させないことには生きていけない人生までは否定できまい」という立場で作品化することを示している。体験者に浴びせかける他者の冷水を、作者も被りながらも「真実を希求する自分の姿勢を対比させ、そのすり合わせまで書き込むことで、物語における事実と真実とを対峙させている」――入念な筆致で「伊藤作品」の多くを論じて来た筆者ならではの論述だ。この筆者には、はやく「伊藤桂一の人と作品」をコンテンツにした著を世に出してほしいと改めて願う。



野口存彌  

野間宏・「顔の中の赤い月」の背後に――戦争の体験をどう受けとめたか――

野間宏は中学時代から、自分は天才だと自負、意志的に努力を課した。富士正晴、竹之内静雄と出会い、詩人竹内勝太郎を訪ねたところから説き起こし、戦後有数の作家に成長・進化した具合を初期の代表作「暗い絵」「顔の中の赤い月」を精読して明らかにする。軍隊・戦場での極限的な体験を重ねながら耐え抜いたのは「野間自身が芸術創出の使命感を秘めていたから」だ――というのが筆者の主張トーンだ。

福田恒存は「赤い月」を批判。戦友を見殺しにして自責の念を感じた主人公と、友人の溺死をよそに自分だけ助かろうとした個人主義者志賀直哉のほうが数段立ち勝っている――筆者は、この福田の見解から芥川龍之介のァフオリズム「地獄」に「人生は地獄より地獄的である」に思い当たる。「もし地獄に堕ちたとすれば、私は必ず咄嗟の間に餓鬼道の飯も掠め得るであろう」−−芥川は悩むことなくそういう行動・合理主義的思考、をとると鮮明にしているが、福田恒存は「赤い月」に、そうした思考法を当てはめて判断していると言い切る。野間は福田の批判に反論、「人間の個体性、肉体の個体性と言うことを理解できないのだ、と。仏教説話「捨身飼虎図」が説いている自己否定の問題が現在の世紀にいかに強く問われているかを感じ取ることがができないのだ、と。

しかし野間は「神を信じることができないとすれば、どういうことになるのかと設問し、サルトルに言及。そしてサルトルの実存主義は、「孤独と孤独が打ち合うものというように人間を考えるところでとどまっていいのか」と自問自答し、「僕のコンミニズムはこれをこえることのできるものでなければならない」と結論。

筆者は、野間はこの時点で「コンミニズムを受けとめていたことが明らかになる」と野間の文業・思想の到った階梯をつぶさに後付けていて間然するところがない。

全21ページ、60枚の長編。細部に触れる余裕がないが、最終センテンスは以下の通り。「「顔の中の赤い月」が放つ文学表現上の力感の背後に、いわば一個の熾烈な運動体と化した作家野間宏の姿が映し出されてくる。」――戦後日本文学の巨人。が、今日論じられることの少ないかに見える野間の作品をもっともっと読まねば、という強い促しを参会者はこもごもに与えられたと思う。一の人と作品」をコンテンツにした著を世に出してほしいと改めて願う。



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レポーター     C

現代日本に通じる戦争日記  澤田繁晴  

 清沢洌の日記を中心に、タイトルにあるように現代日本に通じる点を取り上げている。アメリカ帰りのジャーナリスト清沢は、広い視野で戦時下の日本を見ており、その引用は的を射ていて、澤田さんの手際の良さ、筆さばきの良さを感じる。

 小見出しを付けた構成も分かり易く、清沢の日記からさらに、永井荷風、高見順、島木健作、吉沢久子の場合として、それぞれの戦争をのぞかせている。澤田さんご自身の見解も短いながら要所要所に散りばめられている。



ある家族の肖像   稲垣輝美

 今回の震災を重ねながら読むことになる。 書かれているのは沖縄であるが、自然災害や戦争など不幸に置かれたとき人間は強く立ち上がるということを根底において書かれている。

 「母の胎内にいたからこそ、私はこの世に生をうけることができたのだと思っている。」

という一行はこの作品の強いメッセージとなっている。

 一族の、いわばふつうの人々の戦火の下の生活を通して戦争とはどういうものかがよく描かれている。それらは母や3人のおばの手記を下敷きにしていて、作られた言葉でなく語られているのでより一層胸に響くものがある。 P123 (七へつづく)、P125(五からのつづき)はなくてもよかったのではと思った。



泉鏡花『海城発電』などにみる明治の戦争   小林弘子

 日本の軍国主義とほとんど重なる生涯であった鏡花が書いた戦争文学はどのようなものであるかを示してくれる。それは、「戦争を背景に引き起こされた悲劇の描写に重点が置かれ、虐げられた者への共感が、声高でない反戦の色合いを打ち出している。」ものである。小林さんはその要因となる鏡花の具体的事実を挙げている。

 「兵役という制度から拒否された人間」であるという点。そして、「反権力と弱者贔屓は、芸術的作風のなかで精一杯に込めた自らの気概」であるとしている。

 きりりと締まった文体でまとめられている。



正岡子規『総武鉄道』と日清戦争  高比良直美

 佐倉という地に根付いた生活をしている高比良さんならではの作品。 戦争の枠組みの一端をのぞくことのできる作品であり、その時代下の子規の意外にのんびりしたような動向をも伝えている。 短いながらも、「戦争と文学」へのひとつの視線である点がよいと思う。



「父の影響」     外狩雅巳

 外狩さんの内にある戦争とはどんなものかを語り、そこからご自身の文学的発展を考えておられる。



戦争と文学     永野 悟

 毎回特集について大局的見方、概観を示してくれる。今回はサブタイトルにある―戦争を文化とする見方 という大変興味深い視点を提示している。 戦争の悪や悲惨さを描いた文学は多いが、「戦争」というものの本体、戦争とは何かということの探求は意外になされてこなかったのではないか。 その点をついていて面白い。前半のそれについての論考は、様々な文献資料を引用しながら戦争への違った視点を考えさせてくれる。 私には後半部分が、少しその関連性において分かりにくかったが、興味深い考察と思った。



谷崎純一郎疎開先宛 永井荷風書簡    野寄 勉

 【資料】として出されているが、非常に丹念な根気のいるものと思った。 このように書かれることで、野寄さんの読書の跡をも同時に知ることになる。綿密な作業の結果として、P141にあるように、半藤一利『荷風さんの戦後』の中にみられる推断は、一連の谷崎書簡の存在のとりこぼしであることを見出す。鋭い指摘である。 また、その綿密さの中から書簡の内容とともに、その体裁、外観にも及び、さらに野寄さん自身の想像をも掻き立てる…というところに単なる研究資料への興味以上の熱、あたたかさをも知ることになる。

 さらに2冊の本が紹介されているが、どちらも意表をつくようなもので、その知識欲、研究への真摯さによってこのような本を掘り出し、掘り下げていく姿勢には驚かされる。



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レポーター     D

原発の素顔ー25年前にフクシマを見た  内田 誠

  現在、テレビなどのコメンテーターとして御活躍の内田さんからの貴重な論考です。 25年前に、テレ朝の人気番組「ニュースステーション」の取材による。なによりも 注目したいのは、内田さんは、この時、原発の矛盾を直観しているのです。

  「核分裂の臨界状態を制御するほどの最先端の技術を駆使していながら、なぜに現場は「人海戦術」の様相を呈しているのだろうか。どうもバランスが良くない、と。 この感覚はジャナーリストの鋭い感覚ではないでしょうか。原点はここでしょう。もし、原子力ムラの人たちが、この感覚をもち、徹底して核の平和利用について考えたならば、日本でこれだけ多くの原発は作らなかったと思うのです。本作には東電のマスコミ対策、現場の労働者の問題など、内田さならではの観察が光っています。また、本作では、内田さんの文章の魅力もなかなかでした。特に、建屋内部の描写など生々しく迫ってきます。同人でない方、これは、必見です。



、「きことわ」と「苦役列車」第144回芥川賞作品について  星野光徳

  こうした論考は記録としても大切だと思う。星野さんらしい論理的な分析と小説も書いてこられた実作者としての「小説作法」にもふれていて、参考になるかと思います。  しかし、私は2作とも、特に面白いとは思わなかったので、改めて読み直してみようと思っています。26歳独身の作者が40代の出産もした女の感覚もそれなりに自然に描けていると評価されていますが、回想される過去の時間が、現在の彼女の生活と身体にどのようにかかわっているのか、もうひとつわかりません。と、一読後の感想をもってしまったので、星野さんの評価を物差しに再読してみます。



野口雨情「赤い靴」の成立と解釈   坂井  健

  −抒情歌・童謡の鑑賞ー

  名作「赤い靴」の成立と解釈が丁寧に論証されています。「赤い靴」の少女にはモデルがいたというエピソードについては「証拠に乏しい話である」と否定されている。

  だが、異父妹からの投書で新聞でも話題になりドキュメンタリーまで制作されたとのこと。この話題も、 「赤い靴」の物語性の深さによるものとして考えてみたくなります。  全国にいくつもある「童謡の会」などの指導者は、このエピーソドを、お話しているようです。私もいくつか知っていますのでお知らせまで。

 さて、坂井さんは雨情の自筆原稿の複製によって異同、改稿の過程を探られ作品の主題に言及されています。根気のいる作業であったかと熱意に打たれます。ただ、この論証部分は「表」にするなどしたほうが、わかりやすくなりませんか。もし、一冊の本としてまとめる場合はご検討してみてはとおもいました。しかし、名作「赤い靴」の初期形から決定稿までを、追ってみると、雨情の創造の秘密にふれるようで、示唆されることも多くありました。



森鴎外『山椒大夫』のテーマ −津島祐子『厨子王』にことよせて  相川良彦

 冒頭の鴎外作・溝口健二監督の『山椒大夫』の感想が作品の導入部分として、素晴らしいです。小説でも研究でも最初が魅力ないと、読者はついてこないと思ってますので、これは、見事なお手本ですね。鴎外『山椒大夫』は従来「安寿の献身、自己犠牲」と言われていますが、相川さんは、須田千里と佐々木さよの研究論文を参考にテーマに迫ってゆきます。映画を見た時の「なんや暗うて、怖い映画やったわ」といった姉と同じ感想を持った少年時の筆者が、後年、鴎外の『山椒大夫』は「日本の資本主義勃興期の楽観的風潮を反映した明るい小説だ」という批評を新聞で読み、改めて『山椒大夫』を読む。そして、この批評の方が、映画の印象より当たっているなと思う。ここから、テーマを探求する、いわば作品内部への旅が始まるのだろう。

 本作には作品論の面白さが詰まっている。適確な参考論文の選び方。テーマ探求という、ともすれば堅くなりがちな論が、なぜ、こうも面白く読めるのか。それは、筆者が作品をなめるように読みこんでいるからではないか。それに、言うまでもないが、作者鴎外のことも良く調べてもおり、他の作品も良く読みこんでおられるのだろう。



能面は何処から来たか   牧野十寸穂

 大変楽しく読めました。趣味と研究がバランス良く表現されているようです。 冒頭の奈良での能楽三昧はうらやましい。この奈良の能舞台は、今でもあるのでしょか・・。土間で三十人も入ればいっぱいの小屋で一日中能を観るなんて。想像しただけでうっとりとしてしまう。能面のこと、そのルーツ、仮面劇の成り立ちなど。短いのに核心にふれられて、熟知されている方ならではのきりりとしまった随筆になっているかと思います。たった二行ですが、円地文子の『女面』のこと。「面に委ねた古典解釈としても読める」というご指摘。是非、牧野さんの『女面論』を読みたいものです。



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《創作》作品についての辛口批評

レポーター     E


 大堀敏靖氏は、8号の「本当は天使だと今でも思う(一)」の連載も回数に含め、「群系」に書き始めて15作目になる。海藤慶次氏は23号の「骨」から始まって4作目。古谷恭介氏は11号の「阿」から「くらげ」等の連載も回数に加えれば16作目。毎号の作品を楽しみにしているファンもいる。長野克彦氏は、21号の「梟は黄昏どきに(一)」から連載し、内容としてはその続きになるが、書き方を変え「桜花一枝」と題して独立した作品とした。連載も数え4作目になる。

 それぞれ毎回工夫をこらし、挑戦し、意欲的に書き続けてこられたことがわかる。豊かな教養、原体験、作品を書く力量など、それぞれの持ち味が伝わってくる。

 その持ち味が、過剰になり、作者の意気込みに反して読者の感興を削いでしまったと感じられる作品もこれまで多々あった。書き込みたい知識、エピソードであっても、読者を意識し、作品の出来を考慮して、あえて削る判断があって良いと思う。饒舌になりすぎてはいないかと立ち止まることも必要だ。

 また、男の作家のあまりに男性的な視線、は作品を浅くするように思う。

 今東光夫人きよさんは、生前私との会話の中でおっしゃっていた。男の作家は女性的なところがあったほうがいいの、川端さん(川端康成)なんかもそうでしょ。うちの(今東光)は、そうじゃないからね。逆に、女の作家でいいのは、みな男性的ですよ。多く作家たちを見て来たきよさんの実感である。

 優れた作家は、男と女、両方の視線、意識を持っている。人間丸ごとの視線で描くということだろうかと思う。


 改善すべき課題を抱えながらも、意欲的に書かれた作品は、それなりに魅力があったのだと思う。しかし、総じて今回の作品は低調なのではないか。

 なにやら、じっくりしたところが感じられない。もつと気持ちを落ち着かせて作品に取り組んでほしかったと思う。そういえば、3.11のあと、テレビの画面の前から動けないまま、気持ちだけが焦っていた時期があった。あれ以来、気持ちが不安定だといまだに訴える人もいる。今回の作品の不調は大震災後の心理状況を反映しているのではないか、と思ってもみる。これまでの作品を読み、改めて今回の作品を読んでみると、やはり何故と思うような不用意な描写、表現が目につくのだ。

 ともあれ、「群系」同人として、最も身近な作家たちの次の作品を楽しみに待ちたいと思う。



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レポーター     F

≪音楽ノート≫「文学の力、音楽の力」(井上二葉)

 今春、宮城県で実際に震災に遇われた人の文章である。井上さんは、文学と音楽の関係を一貫して追及されていて、これまでに2冊の著作もお持ちであるが、今回未曾有の災害に遭遇し、かかる非常時に文学と音楽がいかに有用と成り得るか、について考察された。二つの例を持ち出している。@宮沢賢治からは、ジョバンニの「自然の摂理に沿うことによって実現される幸せ」であり、Aベートーヴェンからは、音楽が与える「あらゆる悲惨から脱却」する力である。震災後半年が経過、そろそろ、現実に根ざした具体的な成果も知りたい段階である。次号に期待する。


≪詩のノート≫ 「がんばったね」(市原礼子)

 一族の繁栄を願って「頑張る」人たちの必死の思いを、テンポの早い言葉に乗せて描き上げた詩である。このような人たちがいる限り、日本もおそらく「大丈夫」かなと思ってしまう。


≪映画ノート≫「勇者たちの戦場 2006年 アメリカ映画」(取井一)

 自称「犯罪研究家」取井によるPTSD(イラク症候群もその一)を扱った映画に言及した文章である。取井氏はここにアメリカの良心を見ている。確かに、戦争は最大の「犯罪」であり、ここでは思案を及ぼすことの少なかった自国の兵士たちに対する犯罪といったものであり、ことはそれほど単純ではない。だとすると、犯罪派が、良心派の最右翼になったとしても、何ら不思議はないのかも知れない。



≪街並ノート≫ 「小さなまち散歩」(市川直子)

 大学街・富裕層の居住地・新しき村の三ブロックに分かれている町の思いがけない連携に散策の途次に気が付くといった文章である。今回は「通行」のみに限定されているが、その先に何があるのか、何が出て来るのかにも関心を抱かせるような文章になっている。


「言」弁護士界の闇 第七回  (杉浦信夫)

 このコラムも、第七回を迎え、三年半になる。外交評論家天木直人の「半世紀近くも続いた独裁国で成し得たことが、日本でできなければ先進国の名折れです」、今回の大津波が怒涛となって「弁護士村の面々=黒子の犯罪集団」を呑みこむことであろう、と(これは杉浦さんの文章で)威勢がいい。 「継続は力」なりであろう。


「懐」根岸の里  (石出 了)

 言葉の節々に東京の下町情緒が溢れている。このような文章を書くことが出来る人も段々少なくなっているように思う。「昔の趣、風情といったものは、とうふにありて、いわぬが卯の花」とは参ってしまう。


「看」 彼のこと(名和哲夫)

 突然、感染症にも罹って入院した息子さんの最後の思い出を綴った文章である。入院されて初めて見えて来たことなどにも言及されている。将来、音楽研究家を目指していたご子息の無念が感じられると共に、父親の無念もしみじみと伝わって来る文章である。



【書評】相馬明文著『太宰治の表現空間』  (佐藤隆之)

 太宰の作品中に現れる特定の言語の出現回数を調査して、それを作品解釈につなげるという手堅い手法に言及した上で、太宰の「饒舌性」を対他意識だけではなく、その裏返しとしての自意識の表出にもつなげたり、太宰の芥川との共通点を述べただけではなく、その進化にまで筆を伸ばしているなど、本書の特徴をよく捉えた評言となっている。


【書評】間島康子詩集『ねう』   (土倉ヒロ子)

 アメリカの9・11を一部題材にしているこの詩集を、東日本大震災を経験した多くの日本人にも届けたいとする評者の熱意が伝わって来る書評である。詩の作者は空を見上げて「かなしい」思いをするが、そこに留まっていることはない。そこには、同じく、空を見上げている「あどけない多くの目がいる」からである。評者はそれを「希望」と名付け、東北の人たちにこの書を奨める根拠としている。 

 「ねう」は、伯備線の駅名(根雨)を扱った作品である。これをも、評者は震災と結び付ける力技を発揮しているが、これが「命の水」だとすると、そうではないとは誰も言えないであろう。


【書評】 井上二葉著『日本近代文学と音楽』   (永野悟)

 文学だけではなく、音楽にもある程度は通じている人でなくては、隅々まで理解するには容易ではない本書ではあるが、評者は、章を追うだけではなく、全体を俯瞰して、本書を、「音楽の本質論」を述べた部分と、「音楽・絵画・自然と生の関係を論じた文芸論」を述べた部分に分けて、一般の人が取り組み易いように整理してくれている。

 応用編の一作である川端康成の『落葉』については、音楽と文学の「織り合い」の見事な結実として、すぐれた文学評論にまでなっている、としている。


【紹介】「葉山修平文学碑」

 文中、一点の指摘の新しさが言われた。

 


 ※ このレポートに関する、訂正・変更はいつでもお受けしますので、連絡lください。

  → gunnkei@w8.dion.ne.jp





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 「群系」27号


    《特集 戦争と文学》
 
       ―百年の日本文学 その3 ―

   



 27号 目次


大木惇夫『海原にありて歌へる』を考える                    勝原晴希  11

小柴三由紀詩集 『庶民悲歌』が描く敗戦後風景                   野寄 勉  4

神保光太郎『南方詩集』他について                           市原礼子  2

石原吉郎論―〈夜と霧〉を背負って                            間島康子  4

逸見猶吉へのこだわり ―戦争と詩人―                         安宅夏夫  1

                   ○

太宰治の転向から戦争期にかけて 

―中野重治・保田與重郎を視座として     佐藤隆之  6

太宰治 開戦からの眼差し ー「十二月八日」「待つ」を中心に―           相馬明文  4

昭和二十年の川端康成 

―鎌倉の川端康成、月を仰ぎ、鹿屋を思った  布施田哲也 7

対話と友情の不可能性 ―中薗英助「烙印」                      戸塚麻子  4

堀田善衛「広場の孤独」小論                               土倉ヒロ子 5

藤枝静男と戦争                                       名和哲夫  4

林京子『祭りの場』―怒りのうちに                              間島康子 4

戦争体験の語り口―伊藤桂一「生き残り」―                       野寄 勉  4

野間宏・「顔の中の赤い月」の背後に

  ―戦争の経験をどう受けとめたのか       野口存彌22 

                   ○

現代日本に通じる戦争日記 ―清沢洌・永井荷風・高見順ほか            澤田繁晴  9

ある家族の肖像 ―女たちの沖縄戦、手記の中から―                                   稲垣輝美 10

明治の戦争小説・泉鏡花の場合 

―屈折した心情と豊かな想像力―    小林弘子  4

正岡子規「総武鉄道」と日清戦争                             高比良直美 1

コラム 父の影響                                       外狩雅巳  1

戦争と文学                                          永野 悟  4

【資料】谷崎潤一郎疎開先宛 永井荷風書簡                      野寄 勉 

【紹介】『満鉄図書館史』                                   野寄 勉  1

【紹介】『植民地時代の古本屋たち』                            野寄 勉  1

《音楽ノート》 文学の力、音楽の力                            井上二葉  1

《詩のノート》 がんばったね                                 市原礼子  1

《映画ノート》「勇者たちの戦場」2006年 アメリカ映画                 取井 一  1

《街並ノート》小さなまち散歩                                 市川直子  1

言 弁護士会の闇(第7回)                                杉浦信夫  4

懐 「根岸の里」                                       石出 了  1

看 彼のこと                                          名和哲夫 1

《論考》

原発の素顔 ―二十五年前にフクシマを見た―                     内田 誠  4

「きことわ」「苦役列車」 ―第144回 芥川賞について―               星野光徳  6

野口雨情「赤い靴」の成立と解釈 ―抒情歌・童謡の鑑賞―              坂井 健  7

鴎外『山椒大夫』の主題 ―津島佑子『厨子王』にことよせて―            相川良彦  6

能面は何処から来たか                                   牧野十寸穂 2

【書評】相馬明文『太宰治の表現空間』                           佐藤隆之  2

【書評】間島康子詩集『ねう』                                 土倉ヒロ子 2

【書評】井上二葉『日本近代文学と音楽』                          永野 悟  2

【紹介】「葉山修平文学碑」、母校に建立                           編集部  1

《創作》

真ん中のわたくし                                       大堀敏靖 10

夏の向う                                            海藤慶次  9  

ジャンとジェラール                                     古谷恭介 10

桜花一枝                                            長野克彦 16

既刊号紹介    第26号目次                                      1

執筆者紹介                                                  1

                                             編集後記  1





   合評会の様子

   

          2011.9.4.(日曜)


            東京・タワーホール船堀和室



























  二次会














 


*写真はすべて動画の一部として撮ったもので、

少し鮮明さに欠けます。ご容赦ください。










*こちらサイドのスペースがあまりましたので、合評会の一月前

に催された、同人間島康子さんのご本の感想会、の様子を掲出しておきますね。2011年8月7日、に行なわれました。





















二次会にて









 過去の合評会の写真
                    2011.9.17追加

(こちらの方、余白がありますので、過去の合評会の集合写真など、掲出しておきますね)


 群系第5号合評会 1992年
 

群系第16号合評会 2003年



 群系第17号合評会 2004年


 群系第22号合評会 2008年



群系第24号合評会 2010年2月


群系第25号合評会 2010年9月


群系第26号合評会二次会のスナップ 2011年3月


   同上