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モーツアルト論   (19号)




モーツアルト論

              ―コンチェルト(協奏曲)を中心に―



                                         永野 悟

 

イタリックの曲には、You tube へのリンクがあります



 最初に、あるモーツアルト研究者の本の冒頭文を掲げてみる。



  「最も偉大な音楽家とは誰ですか」と人に訊かれたロッシーニは、「ベートーヴェンだね」と答えた。

 「それではモーツアルトは?」「ああ彼か、彼は比類のない音楽家だよ。」

  今日でもこの「比類のないという言葉は有効である。二世紀経ってもやはりモーツアルトは比類の

 ない音楽家なのだ。

 人はモーツアルトを愛するのであって、他の音楽家に比べてモーツアルトの方がいいなどというものはいない。

                         ジャン=ヴィクトル・オカール『モーツアルト』(白水社・西本良成訳)



 モーツアルト頌は数多く、それぞれに個性的でもある(吉田秀和、高橋英夫、海老沢敏、高橋英郎、若い人では茂木健一郎、青島広志、石田衣良など)が、最大公約は右のフランスの実証家のいうようになるのではないか。モーツアルトは、誰でもその一節くらいは聞いたことがあり、そして誰にも愛される、稀有な芸術家である。考えてみれば、文学でも、美術でも、そして音楽の中でも、このようにいえる人は少ない。

 だが、果たしてモーツアルトをどのように鑑賞したらいいのか、となると、まず先立つものは、その残された六二〇余りの彼の作品に何があり、どれが、どのようにいいのか、ということだろう。モーツアルトは好きだけど、どれも似たような感じという人が多い。だが、聴きこめばおのずから、一人ひとりのモーツアルト≠ェ発見でき、所有することが出来ると思う。ここでは筆者の体験談も含めて、それへのアプローチを考えてみたい。




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 モーツアルト(一七五六〜一七九一年)の特性は一言で、多様性≠ニいわれるが、それは作った曲数だけに限らず、考えられるあらゆるジャンルに渡っていることもさしている(この多様性はもちろん量だけに限らないが)。幼少期のクラヴーィア(ピアノの前身)のためのメヌエット類(K1番の「メヌエット」は五歳のときの作品)を初め、十代後半にはディヴェルティメント、二十歳頃に多いピアノソナタ(もちろんこれらは一時期だけに限らないが)、中期以降に交響曲、弦楽重奏曲が多く、最盛期の頃(一七八五‐八八)には、主だったピアノ協奏曲、交響曲、ピアノソナタ、オペラが作曲され、晩年(一七九一)には、クラリネット協奏曲、そして「レクイエム」(K626)が作曲されている*(このK番号の最後の曲が偶然にも、死の直前に依頼を受けた鎮魂歌≠ナあることで、彼の死が謎めいた*)。

 短い生涯(三十五年)に比して、圧倒的な作品の数とジャンルであるが、不思議なことに、どれもいかにもモーツアルトらしい≠ニいう感じを受ける。だがこれが、どれも一様とか、類型的と片付けられないから、このモーツアルトの多様性≠ノは驚きがある。これらの曲の中からいくつかを諸家の見解を紹介しながら、また筆者なりの鑑賞≠紹介して論を進めていきたい。

  

 モーツアルトの手がけたジャンルで得意だったのは(後期のオペラをのぞけば)「協奏曲」であった。フルート協奏曲や、フルートとハープのための協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、など楽器の特性に応じてまた様々作っているが、量的にも質的にも採り上げるべきは「ピアノ協奏曲」であろう。これもK1番の「ピアノ協奏曲第一番」は、なんと十一歳の時に作られ、 最後の「ピアノ協奏曲第二十七番」は、晩年に作曲されている(要するに生涯に渡って親炙した)。

協奏曲とは、その名前のとおり、独奏楽器(ピアノ)とオーケストラとが協奏≠ウれる曲の種類のことだ。また、交響曲が四楽章(あるいはそれ以上)の楽章から成っているのが多いのに比べ、協奏曲は三楽章から成るのが多い。そして、大事なのは、第一楽章はソナタ形式で書かれた速いテンポ、第二楽章は、ゆったりとしたテンポ、そして第三楽章にはまた、速いテンポに戻る、ということである(ソナタ形式は、第一楽章に用いられる曲の形式で、提示部‐展開部‐再現部≠ニ進行する)。

 この急‐緩‐急≠フ楽章のテンポは、ハイドン、モーツアルトによって完成されたそうだが、いかにも人間の感受性、あるいは生理(さらには、世界全体の理)に合っていて、だから聴いていて、われわれ自身も整調≠ウれるのかとも思う(普遍的存在)。


 さて、そのモーツアルトの作品世界の鑑賞のことだが、これはいかにも言葉にはのりがたい。歌曲や普通の愛唱歌なりには、歌詞があって、そこにはおのずと意味≠ェあるのだが、クラシックには、それこそ、曲の形式名がそのまま作品名となっているのが普通で、そこに何を感じるかは聴くもの次第となっている。そして、多くの評者も、作品の沿革はなぞっても、その作品の中身、内実には触れるのは少ない感じだ。せいぜい優美だ、荘重だ、憂愁が感じられる≠フ形容句だ。

 中には、作品世界を言葉で論ずるのは禁句のように言う人もいる。音楽はあくまでも音≠ナあり、耳で聴くべきだ(同じく、絵画は色であり、構図であるから、目で観るべきだ)という。*(小林秀雄のロマン派批判)だが、それでは、いつまでたっても作品の言語による解釈・鑑賞は出来ない。言語こそ理性(ロゴス)なのであるから、それによって、われわれは曲の情調を表現したい、感動を言葉で言い換えてみたい、という衝動は許されると思うのである。

 たとえば、ベートーベンの作品には、それこそ、「英雄」(交響曲三番)とか、「運命」(五番)、「田園」(六番)のような、具体的な表題が付いていて作者の意図が示されているし、さらに「田園」には各楽章ごとに、それぞれの作品世界の雰囲気・情調が作者によって丁寧に書き込まれている。*(だから曲の言葉による鑑賞もしやすいか)。しかし、モーツアルトには、その表題もほとんどない(具体的に「プラーハ」「リンツ」とあるのは、作られたときの都市の名前であるし、「ハフナー」も曲を献呈したザルツブルグの大富豪の名前である。「ジュピター」に至っては、その荘厳さなどから、後人が付けたといわれている次第で、これらの表題から、曲調の細かい中身はわからない)。だが、そのことがまた。いかにもモーツアルト的である。

 モーツアルトは抽象であって具体ではない、あるいは普遍であって特殊(個別)を超える、さらにいえば、時間観念もそこにはない、ともいってよいかもしれない。音楽は時間軸のもとに展開されていくが、モーツアルトの音楽は聴けば聴くほど、その時間観念も忘れる。モーツアルトはいわゆる古典派≠ノ属するが、その後のロマン派≠ェ近代の個我、自意識の反映とされるならば、それは、非近代の、それこそ、自我や自意識以前の作品であって、いえばそこには、調和だとか、均衡だとかのかたち≠ェまずあった、というしかない。芸術は永遠、というが、時代の刻印さえ超克するのは、モーツアルト以外にはいないかもしれない。


  「モーツアルトの音楽の透明さは、それに惹きつけられてしまった人間をも透明にする。彼は透けてきた自分の内部をのぞきこんで、自分を隠蔽したり、偽ったりするまやかしの隠れ場所がなくなってしまったのを自覚しなければならない。」

 「モーツアルトを思いのたけ聴いてから立ち上がったとき、私は肉体と心がしっくり結び合って、自分の存在が安定したような思いをする」。「しかしそういう時、私はどこか孤独なのである。いかなる意味でも他者と外部にむかってシニックになることなしに、ほとんどどんな判断も感情もなしに、私はそれら他者や外界を見ていることができる。私は同情しないし、同情される必要を感じない」               (高橋英夫『新編疾走するモーツアルト』)


 非常に率直で、原理的ともいうべき、芸術への向き合いだと思う。「透明」で「孤独」になった、というのこそが、ほんとうの芸術の鑑賞というべきものか。聴き手には、もはや外界に何の干渉も同情もない、そのアンチ・ヒューマニズム≠こそ、世人がいう、天与、神品の由来かもしれない。



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 さて、ともかくも私のモーツアルト≠書かねばならない。私は何に触れ、感動し、そしてこんな一文を草しようとするのか。まず手製のモーツアルト作品一覧から、気になったものをあげてみよう。


   ・ディヴェルティメント第一番ニ長調(K136)

   ・セレナード第四番(K203)、七番(K250)十番(K361)、十三番(K525)

   ・モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」ヘ長調(K183)

   ・フルートとハープのための協奏曲ハ長調(K299)

   ・フルート協奏曲第一番ト長調(K313)、二番(K314)

   ・ホルン協奏曲第三番変ホ長調(K447)

   ・弦楽五重奏曲第四番ト短調(K516)

   ・ピアノ・ソナタ第十五番ハ長調(K545)

   ・クラリネット協奏曲イ長調(K622)

   ・ピアノ協奏曲第十一番ヘ長調(K413)

   ・ 同     第二十番ニ短調(K466)

   ・ 同     第二十一番ハ長調(K467)

   ・ 同     第二十六番ニ長調(K537)

   ・ 同     第二十七番変ロ長調(K595)


 ディヴェルティメントは、いかにも当時の宮廷音楽らしく優雅だ。語源はイタリア語の「divertire(楽しい、面白い、気晴らし)に由来するそうで、嬉遊曲≠ニ訳出したのはそういう意味をこめたものと思われる(誰が訳したのか)。明るく軽妙、楽しく、社交・祝賀などの場で演奏されたという(演奏の目的を同じくするセレナードと似ているが、セレナードが屋外での演奏用であるのに対し、ディヴェルティメントは室内での演奏用だとされる)。全体に様式美というのか、弦楽器の響きが華麗だ。第一番(K313)、第二番(K314)、第三番(K315)ともに一七七二年、一六歳の時の作品だが、モーツアルトの集中ぶりがうかがわれる(ちなみに島田雅彦が「優しいサヨクのための嬉遊曲」で作家デビューした(一九八三年)。何か目新しい感じがした)。


 同様な演奏目的のセレナード。これは、十三番が日本人には有名だ。別名、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(Eine kleine Nachtmusik)ト長調(K525)。Eineは女性形の不定冠詞、kleineは「小さな」の意の形容詞kleinの女性形、Nachtmusikは、Nacht(夜)+Musik(音楽)の合成名詞で、「小さな夜の曲」という意味である(小夜曲≠ニ呼ばれる)。これは四楽章あるが、この四つとも聴いたことがあるというように、モーツアルト作品でも格別の人気だ。

 実際に聞いてみると、第一楽章(アレグロ・ソナタ形式)は冒頭から、あの、口ずさむことが出来るほど有名な主題が高らかに奏でられる。弦楽器の急ぎ足がまさにアレグロ=i「速く」)そのもの。この章はディヴェルティメントと同様、貴人たちの社交場へのお出ましのとき奏されたというが、明るく朗らかな(少しせかせかした)イメージ。第二楽章(ロマンツェ・アンダンテ)はそれに比べ、ゆっくり落ち着いた曲調でアンダンテ=i「ゆっくり歩くように」)らしい。祝宴場のやわらいだ雰囲気、人々が場に和んでいく。何か語らいかけるような調べ。第三楽章(メヌエット・アレグロット)は、いかにもメヌエット=i三拍子ないしは六拍子の宮廷舞踊。後に楽章にも使われた)らしく、優雅な曲調だ。人々が踊りだしたのか、先ほどよりはテンポがある。アレグロット≠ヘ「やや速く」の意味。半ばからあたかも体を回旋させるかのような軽快なメロディーが挟まれる、第四楽章(ロンド・アレグロ)は、いそいそとした静かな調べで始まるが、しかし相応な速さに戻っていて、ロンド=i「輪舞」)とあるように、同じ旋律が、異なる旋律を挟んで何度も繰り返される。



 次にフルートを中心とした協奏曲。フルート協奏曲(第一番・二番)が有名だが、ここではフルートとハープのための協奏曲ハ長調」(K299)を取り上げる。ハープの優雅な伴奏も魅惑的で、それによってフルートの澄み切った音がより冴えわたっている感じなのだ。だが、当初この不似合いを結び付けるのは大胆な試みであったそうだ。「フルート」は言うまでもなくメロディーを吹く楽器であるが、「ハープ」は技術的に限度のある純粋な伴奏楽器だからだ。

 三楽章からなるが、第一楽章(アレグロ)からして、まるでファンファーレが鳴り出すごとく、弦楽器の響きがモーツアルト的世界へいざなう感じである。フルートの独奏が実に空にのぼるようで、また伴奏のハープがこれまた天上の蓮葉のような位置でトレモロを繰り返し、優雅感、天上感(すなわちこの世ならぬイメージ)をかきたてる。すなわち至福・浄福感でわれわれを満たしてくれるのである。


 第二楽章(アンダンテ)はそれこそ至福のモーツアルトといっていい。筆者はこの楽章についてはかつて書いたことがあるほどだ(『群系』17号)。冒頭のしめやかな弦楽はこれからどういう調べになるか、期待させる。やがてフルートの独奏、ハープの伴奏が始まり、静かな、落ち着いた境地を奏でていく。「フルートは夕暮れのイメージ」として、先の文章では、暮春に野良仕事から家路をたどる農夫の姿で描いてみた。家の周りの灌木に咲く花、舞う蝶にふと気づき、浄福感を抱く(ミレーの絵の構図か)。全体の空間に満ちる気(精気)を、この世に遍満するとされるエーテルと喩えたのであった。ほとんど終わりに近い小節において、フルートは自らの奏でる美しさに堪えかねるかのような鳴りにも聞こえた。

 第三楽章は(ロンド・アレグロ)は、速いテンポでいま一度世界≠なぞる。ここではこのスピード感が身上だろう。何とあのハープの独奏がちゃんとしたメロディーをかなでているではないか(あの、伴奏しかできない子が)。むしろ、フルートが脇役になるほどだ。互いに掛け合いをしながら曲を紡いでいく、よりをかけていく。この協同作業の中で、フルートはやはり冴えを見せて、ハープと一緒に協奏曲の大団円を迎えるのである。

 以上の、ディヴェルティメント、セレナード、フルートの三つの楽曲は、初期から中期の、いわば出会いのモーツアルト≠ニもいうべき、彼の楽曲の側面(むろん本質であるが)をあらわしている。すなわち優雅、軽妙洒脱、様式美、それらに由来するある種の心地よさ、みたいなものか。だが、多面体そのもののモーツアルトには、また別の側面がすぐ横にあるのだ。



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 ピアノ協奏曲は、先に述べたようにモーツアルトのもっとも手がけたものであり、生涯に渡って書き続けたものである(全部で27曲ある)。筆者は、つい最近もその二十番(K466)と、二十一番(K467)について、『国文学』(学燈社刊・11月号)*注に書いたところであるが、ここではそれ以外の作品について、書いておこう。


 ピアノ協奏曲第十一番ヘ長調(K413)は、そんなに有名でないのに、初めて聴いてすぐに魅了され、以来何度も聴いているほどとりこになった作品だ。そのくせ、この曲の鑑賞の文章が何とも難しい。単に優雅というのでも、単に憂愁というのでも、哀切というのでもない。高橋英夫がよくモーツアルトに使う激情でも、蕩揺感(揺らぐ感じ)でもない。それら、一切の感情を超えた(その点で言えばいかにもモーツアルトといっていい)名品なのである。だが、喜怒哀楽などの人間の感情を超えるのに、われわれはどうしてそこに惹きつけられるのか。それ以上の(あるいは以下の)情緒があるというのだろうか。

まずその最初(第一楽章)の主題提示の「タンタンタンタン、タララーンタラタラーン」というメロディーが非常に印象的だこのかたちのはっきりした(そのくせ言葉の形容が何ともいえないのだが)節回しが奏でられた後、それは続いて錐揉みしながら、あるいは上昇気流に乗るかのように、勢いよく、かつなめらかに第二主題に転化していく。いわば、その変奏がこの第一楽章の身上だ。実にテンポよく、時にからまりながら、あるいは船尾に出来る水の流れ、消えては出来る泡のように、この二つの主題が繰り返される。ピアノもその弦楽器の後を追奏するかのように、やや低音部で第一主題をなぞり、さらにそれに続く節回し(第二主題)を実になめらかに奏する。管弦楽がバックから第一主題を想起的に奏し、ピアノはさらに水面をたくさんの泡を作りながら独自のトレモロを演じていく。気づいてみると、もはやモーツアルト%I世界というしかいいようのない場(領域)にいることがわかる。

そして最後になると、最初の主題にもどっている。

 第二楽章、これはいかにもモーツアルト的アンダンテ≠ニいっていいほど、甘美で快い冒頭に弦楽器らによって、先の第一楽章同様なかたちのくっきりした、(ちょっと裾を引きずるような感じの)非常に魅惑的な節回しが奏される。何かが頭をもたげるような、何かに気が付いたかの所作のような弦楽器の奏で。その後ピアノがあたかも過去を追想するかのように、甘美でしずしず歩むような節を弾いていく。例えば水面にふわっと微風がながれ静かに波紋をひろげるかのような、実に幽けき感じで、ピアノならではの曲調である。どこか遠くから奏でられているような感じでもあり、時にこちらに迫ってくるような感じのパートもある。二十一番の第二楽章と匹敵する名品ではあるが、こちらは単に美しいというより、人をその根源にひきつけるものがある。

第三楽章はいつもその位置づけが難しい第一が「正」なら、第二は「反」、なら第三は「合」か。いや、弁証法ではあるまいし。かといって、三段論法でもあるまい。「大前提」、「小前提」の後の「結果」ではない。とにかく三番目というのは厄介だが、モーツアルトはいつもこの難問を処理している。実際、低音からだが、ぐーんとその世界が披けていくような展開の節から始まる。まるで無窮の世界から吹いてくる風のような。そのうちピアノの独奏が始まる。第一・二楽章を追想するかのような調べ。いわば第一・二の主題の追奏≠ニいう感じで、名残りの章ともいえる。後半、流れるような運曲がなされる。

他にも名編と思われるのがあるが、そのうち最後の第二十六番、第二十七番については、あとでふれてみたい。


  

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 弦楽五重奏曲第四番ト短調 第一楽章(K516)を聴く。初めて聴く。切なさをすぐに感じた。ああ、これなんだな、とやっと了解した。実は同じト短調の曲といっても、いわゆるト短調のシンフォニィー(K550)と混同していたのである(こちらは小林秀雄が道頓堀でふらついたとき、急に頭の中をこのメロディーが流れた、というエピソードのあるやつである)。弦楽器の方なんだ。小林秀雄が弦楽器が好きだ、というのを高橋英夫もどこかで言っていたなということを思う。

何をぶつぶつとお思いかもしれないが、このト短調のクィンテット(弦楽五重奏曲)の発見はまったく別のモーツアルトを見つけた感じだったのだ。スタンダールが有名なモーツアルト研究者であるのはよく知られているが、彼がモーツアルトの音楽の根底にはtristesse(かなしさ)があるといって、以下小林秀雄は次のように言っている。


 ゲオンがこれをtristesse allante と呼んでいるのを読んだ時、僕は自分の感じを一言で言われた様に思い驚いた。確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する、涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法を知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの先にも後にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼の短い生涯を駈け抜ける。  (『モオツァルト』9より)

筆者は改めて、音楽の鑑賞法を教わる。このト短調のクィンテットのtristesse allante(疾走する

かなしみ)は、たとえば、空の青さや海の匂いの様に∞万葉の歌人が、その使用法を知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい≠フだ。このような時間空間をまったく隔てた比喩も許されるのだ、と。

 だが、モーツアルトにかなしみ≠ネどあるのか。小林秀雄はいまの文に続いて、微妙な表現を使っている。


  彼はあせってもいないし急いでもいない。彼の足どりは正確で健康である。彼は手ぶらで、裸で、

余計な荷物を引き摺っていないだけだ。彼は悲しんでいない。ただ孤独なだけだ。孤独は、至極当た

り前な、ありのままの命であり、でっち上げた孤独に伴う嘲笑や皮肉の影さえない。(同)


 「彼は悲しんでいない」とある。いわば、「透明な感じ」(高橋英夫)なのであろうか。

モーツアルトに言及した文章として小林秀雄『モオツァルト』の意味は非常に大きい。右のようなそ

の本質について書かれた若干のエスプリを引用しておこう。

  

(先の大阪・道頓堀での事件の叙述のあと)思い出しているのではない。モオツァルトの音楽を思い

出すという様な事は出来ない。それは、いつも生れたばかりの姿で現れ、その時々の僕の思想や感情

には全く無頓着に、何というか、絶対的な新鮮性とでもいうべきもので、僕を驚かす。(同2)

   

 成る程、モオツァルトには、心の底を吐露する様な友は一人もいなかったのは確かだろうが、しかし、心の底などというものが、そもそもモオツァルトにはなかったとしたら、どういう事になるか。…モオツァルトの孤独は、彼の深い無邪気さが、その上に坐るある充実した確かな物であった。彼は両親の留守に遊んでいる子供の様に孤独であった。(同9)

  

  彼に必要だったのは主題という様な曖昧なものではなく、寧ろ最初の楽音だ。或る女の肉声でもい

いし、偶然鳴らされたクラヴサンの音でもいい。これらの声帯や金属の振動を内容とする或る美しい

形式が鳴り響くと、モオツァルトの異常な耳は、そのあらゆる共鳴を聞き分ける。凡庸な耳には沈黙

しかない空間は、彼にはあらゆる自由な和音で満たされるであろう。(同10)


  独創家たらんとする空虚で陥穽に充ちた企図などに、彼は悩まされたことはなかった。模倣は独創

の母である。唯一人のほんとうの母親である。二人を引き離してしまったのは、ほんの近代の趣味に

過ぎない。模倣してみないで、どうして模倣できぬものに出会えようか。(同11)

 

  モオツァルトは目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した。彼はいつも意外な処に連れて

行かれたが、それがまさしく目的を貫いたということだった。(同11)


これらを一瞥しただけでも、まさしく臨機応変の天才の面貌が思い浮かべられる。モーツアルトは、

孤独・無邪気、その音楽の新鮮さ・透明さ、さらに「目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した」のであった。

 


         5



「―構想は、宛も本流の様に、実に鮮やかに心のなかに姿を現します。然し、それが何処から来るのか、どうして現れるのか私には判らないし、私とてもこれに一指も触れることは出来ません。―後から後からいろいろな構想は、対位法や様々な楽器の音色にしたがって私に迫って来る。丁度パイを作るのに、必要なだけのかけらが要る様なものです。こうして出来上がったものは、邪魔の入らぬ限り私の魂を昂奮させる。すると、それはますます大きなものになり、私は、それをいよいよ広くはっきりと展開させる。そして、それは、たとえどんなに長いものであろうとも、私の頭の中で実際に殆ど完成される。私は、丁度美しい一幅の絵或は麗しい人でも見る様に、心のうちで、一目でそれを見渡します。後になれば、無論次々に順を追うて現れるものですが、想像の中では、そういう具合には現れず、まるで凡てのものが皆一緒になって聞こえるのです。大した御馳走ですよ。美しい夢でも見ている様に、凡ての発見や構成が、想像のうちに行われるのです。―いったん、こうして出来上がってしまうと、もう容易に忘れませぬ、という事こそ神様が私に賜った最上の才能でしょう。だから、後で書く段になれば、脳髄という袋の中から、いま申し上げた様にして蒐集したものを取り出して来るだけです。―周囲で何事が起ころうとも、私は構わず書けますし、また書きながら、鶏の話家鴨の話、或はかれこれ人の噂などをして興ずる事も出来ます。然し、仕事をしながら、どうして、私のすることが凡てモオツァルトらしい形式や手法に従い、他人の手法に従わぬかという事は、私の鼻がどうしてこんなに大きく前に突き出しているか、そして、それがまさしくモオツァルト風で他人風ではないか、というのと同断でしょう。私は別に他人と異なったことをやろうと考えているわけではないのですから。―」



 日本人にとっては小林秀雄『モオツァルト』によって紹介されることになる、このモーツアルトの手紙は、小林のいうように「天才の極印として、幾多の評家の手で引用された」だろうし、「どんな音楽の天才も、この様な驚くべき経験を語ったものはない」「こんなに子供らしく語った人もいなかった」という言葉に、現代の多くの人も同意しよう。

「―構想は、宛も本流の様に、実に鮮やかに心のなかに姿を現します」という冒頭の言葉こそ、天才の豊かさの証明であろう(かつて手塚治虫もこのような表現で、漫画のアイデアは脳裏にどんどん浮かんでくる、とかいっていた。音楽好きな手塚のこと、モーツアルトのこの言葉を知っていたか)。

 モーツアルトの多くの手紙は日常茶飯のどうでもいいことが多く、またどんな生活の悲惨もその作曲には反映していない、というのは大方の意見だが、小林もいうように、手紙から彼の音楽世界を理解するのは不可能だが、彼の音楽世界を理解する一助に手紙はなるだろうし、右の引用はまさしく、契機となる。


 引用の文章に戻るが、「それは、たとえどんなに長いものであろうとも、私の頭の中で実際に殆ど完成される。私は、丁度美しい一幅の絵或は麗しい人でも見る様に、心のうちで、一目でそれを見渡します」「まるで凡てのものが皆一緒になって聞こえるのです。大した御馳走ですよ」―。創造者がまた鑑賞者となって現れることを、何の衒いもなく、率直に表現したものとして注目すべきであろう。だが、重要なのは次の告白であろう。「いったん、こうして出来上がってしまうと、もう容易に忘れませぬ、という事こそ神様が私に賜った最上の才能でしょう。だから、後で書く段になれば、脳髄という袋の中から、いま申し上げた様にして蒐集したものを取り出して来るだけです」―。こうした実作者の顔こそが、比類ないモーツアルトそのものなのだと思う。

 実はこの手紙に書かれている、モーツアルトの創作の秘密こそは、この天才の秘儀に参するだけでなく、われわれ通常の彼の受容者、すなわち聴き手の鑑賞≠フ秘儀にも参していよう。なぜなら、「鑑賞」とか「享受」とかいうのは、作品のこちら側での再構成≠サのものに他ならないから。作品のどの部分で、どのように感じたか(=どのように作ったか)、は合わせ鏡のように本来は一致していようから(少なくとも比例していようから)。だが、この再構成≠アそがくせものであって、凡手ならその程度のものしか表せまいし(それ以上進む関心も失せよう)、たとえ非常な感銘を受けたといっても、それを表す、つまり言語表現に表すことは、実は思っている以上にたやすいのではないからである。「表現」には何度も訓練が必要だが、音楽(芸術)を聴くのには、それ以上の修練、いわば「道」に入るのと同断の、ある入り込み≠ェ必要だからである。普遍に達するには、個別の感想から、共通の表現を得る努力もいるということだろう(おおけないことだが、言語によるモーツアルトの音楽≠この稿はめざすのだ)。




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 高橋英夫は、小林秀雄の『モオツァルト』(昭和二十一年十二月「創元」)を、日本における本格的なモーツアルト受容だと位置づける(『新編 疾走するモーツアルト』講談社文芸文庫)。明治以来、日本の洋楽受け入れはいわゆる3B、つまり、バッハ、ベートーベン、ブラームス、が中心だったが、小林やその僚友河上徹太郎らによってモーツアルトは本格的に唱導されたというのである。

反面、その小林の受容のトーンはト短調シンフォニーの逸話に見られるような短調中心で、その愉悦的な響きの世界や、『ドン・ジョバンニ』や『コシ・ファン・トウッテ』などに展開されるエロスと精神のドラマがないという巷説を紹介する。

 さらにこの問題を、『モオツァルト』はアレグロの両端楽章を見事に捉えているが、アンダンテやアダージョの中間楽章は捉えていないと、言い換えてみたい衝動にかられる、とも書いている(「アンダンテのモーツアルト」)。

 確かに「アレグロの大伽藍を作ったモーツアルト」のほかに、「もう一人のモーツアルト」は、「どんな微細な心のひだにも触れてゆこうとする天才的な優しさの中に佇んでいる」のであり、そのアンダンテやアダージョ(ゆるやかに)の世界にこそ、私のモーツアルト≠ェいる、という人は多いだろう。

ここで最後に、アンダンテのモーツアルト≠紹介しておこう。


 第二楽章の緩徐章については、この稿でもフルートとハープのための協奏曲ハ長調(K299)、さらにピアノ協奏曲第十一番ヘ長調(K413)においてその魅力を書いたが、他にもピアノ・ソナタ第十五番をあげておきたい。

ピアノの独奏だけでもこのような旋律美を創れるのかと驚く作品で、シンプル・イズ・ザ・ベスト≠フ見本だ。筆者は、モーツアルト聴き始めのころ、幼いときの作品だと思っていたが、ケッヘル番号でわかるように、人生の後半三十二歳のとき、教え子の教育のために作曲されたことがわかった(「初心者のための小ピアノ・ソナタ」と添え書きがある)。第一楽章(アレグロ)も愛らしいのだが、その第二楽章(アンダンテ)の哀愁漂う調べが心惹かれる(これも群系HPに所載なので、省略)。


 ピアノ協奏曲二十番(K466)、同二十六番(K537)、第二十七番(K595)の第二楽章は、何か互いに似通ったものがある感じで前から気になっていた。

 ピアノ協奏曲二〇番(K466)の第二章は、先の『国文学』誌には、貴婦人の逍遥≠ナたとえた。第一楽章での嵐≠フ逆巻きを受けて、公園には落ち葉や折れ曲がった枝がある。ふと木の実を拾うその女の人の所作・手つき、にその主調音の調べを喩えたのだったが、同二十六番(K537)(「戴冠式」)も、あたかも揺り籠を揺らすような、いかにも優しいピアノの音、続いて管弦楽の伴奏がつづくが、そのリズミカルなピアノに魅せられる(その規則的リズムはメトロノームを思わせる)。メロディーも優美で、かつ所作的な軽やかな動きが観想される。第二十七番(K595)も同様だが、特に冒頭のやや小さく沈んだ調べがいい。まるで池に小石を投げかけ、その小さな波紋がかろうじて音を長く引いているような。そのうち管弦楽が伴奏しだし、ピアノは室内朝で起き出した貴婦人のような優雅さをイメージさせる。時折、管弦楽が迫るような音を出すが、ピアノへの頌歌のようにも思え、ピアノもその返歌をすべく、ちょっと切なさもあるような楽音を響かせる。

 総じてこの三つのピアノの調べを象徴させるなら、逍遥している人の頭の上にふと落ちてきた桜の木の実≠ニしたい。これは堀辰雄「美しい村」から想起されたイメージであるが、昔を追憶しながら、そのよすがを失いかける主人公に、昔なじみの桜の老樹がちょっといたずらをしたかのような感じで尾とて来たのである。主人公は最初雨滴かな、と思ったが、それは小さな木の実であった。その恩寵のような木の実の落下で、何か納得できたのである。そう考えれば、三楽章の小石の波紋も、桜の木の実による、ほんとうにささやかな波紋かもしれない。



*1 モーツアルト(一七五六〜一七九一年)の生涯を、冒頭引用のオカールは便宜的に四期区分している。

  T期(青春期) 一七五六〜一七七九年

  U期(成熟期) 一七七九〜一七八二年

  V期(円熟期) 一七八二〜一七八八年

  W期(晩熟期) 一七八八〜一七九一年


*2 鉱物学者ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel, 一八〇〇年 ?一八七七年はモーツァルトの作品を調べ時系列的に並べたケッヘル番号を作ったことで知られている。いわゆるK番号の最後はK626の「レクイエムニ短調」で、偶然にも自らの死を予期するごとく鎮魂歌≠作って(作曲の注文を受けて)、その35歳の短い生を終えた。


*3 第一楽章「田舎に到着して晴れ晴れとした気分がよみがえる」、第二楽章「小川のほとりの情景」、 第三楽章「農民達の楽しい集い」、第四楽章「雷雨、嵐」、 第五楽章「牧人の歌?嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」。


*4 拙稿「音楽の批評文を書く」(『国文学』(学燈社刊・06年11月号)


*5 モーツアルトの調性について(参考)

アロイズ・グライターはその著『モーツアルト』(理想社一九八二年荒井秀直訳)で、モーツアルトは、音楽を創り出すとき抽象的に考えたことは一度もなく、常に具体的な調性と楽器の特性を考慮にしていた、として、モーツアルトの調性として、興味深い次のような特色をあげている。

ハ長調:晴朗、明晰、透明の調。官能性からは遠い、祝典的な気分、優雅な輝きを最高にあらわす。

【例】ピアノソナタ第一・七・十・十一・十五番、ピアノ協奏曲第八・十・十三・二十一・二十四・二十五番、フルートとハープのための協奏曲K.299、フルートと管弦楽のためのアンダンテ K315、交響曲 第四十一番K551『ジュピター』

ト長調:牧童のような朗らかな、牧歌のようなナイーヴな調性。フルートのような調性。

【例】ピアノソナタ第五・十番、ピアノ協奏曲第四、十七番、フルート協奏曲第一番K313、

セレナード第十三番K525(アイネ・クライネ・ナハトムジーク)、交響曲第二十五番

ニ長調:官能的で華やかであるが、貴族的な品のある喜び。洗練された存在の喜び、高尚な楽しみ。

【例】ピアノソナタ第六・九・十七番、ピアノ協奏曲第二・五・十七・二十六番(「戴冠式」)、ディヴェルティメント第一・十六番、フルート協奏曲第二番、

へ長調:田園の快適さ、現世肯定的な満足感の調性。

【例】ピアノソナタ第二・十二・十八番、ピアノ協奏曲第一・十一・十九番、ディヴェルティメント第三番

変ロ長調:現世的な息を出ない点ではヘ長調に近い。それに豊かな瞑想性、牧歌的な感じ(内面的な落ち着きと生命の息吹感)。

【例】ピアノソナタ第三・十三・十六番、ピアノ協奏曲第二・六・十五・十八・二十七番、ディヴェルティメント第二番、ファゴット協奏曲K191

変ホ長調:二つの特徴がある。一つは人間くさくない顔(ホルンなどの楽器の特性。自然的)。もう一つはフリーメーソンに関係ある曲の崇高な儀式、同胞愛、清めの調べの顔。

【例】ホルン協奏曲K371・417・447、ピアノソナタ第四番、ピアノ協奏曲第九(「ジュノム」)、十、十四、二十二番。

ニ短調:悪魔的な暗さの、形而上的な恐怖の調性。

【例】『ドン・ジョバンニ』第二幕の地獄落ちの場。ピアノ協奏曲第二〇番K466、弦楽四重奏曲第十五番K421

ト短調:モーツアルトが好きだった調性だが、わずかしか用いなかったので、そこには特別な意味がある。浄化と内省の調性。死の近くにいながら愛を感じる、やさしく、悲しく、高貴で感動的。この調性は苦闘する心を自分へと、死の覚悟へと導いていく。

【例】弦楽五重奏曲K516 特にその第一楽章、『後宮よりの逃走』K384のアリア「死とは何でしょう」、『魔笛』K620のパミーナのアリア「ああ、私にはわかる」、交響曲第二十五K183・四〇番K550など。

ハ短調:感動的な敬虔さ。ここでは死は肯定的にあがめられる。ニ短調では形而上的な恐怖が心を動かしたが、ハ短調では、信心深い敬虔な死への接近が心を和らげる。

【例】ピアノソナタ第十四番、ピアノ協奏曲第二十四番、フリーメーソンのための葬送音楽K477




 「音楽の批評文」―モーツアルトなどの鑑賞  永野 悟(「國文學」誌 学燈社刊・06年11月号)


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