「美しかれ、悲しかれ」と、「女よ」と、そう呼びかけられたことがあった。十九世紀後半フランスのボードレールによって、二十世紀前半日本の芥川龍之介、堀辰雄によって。堀の場合は、窪川稲子という特定の女性に向けられてのことだった。私信であってしかも公開された往復書簡の中でのことだった。文学がいつもそうであるように、それは文学的幸福というものだった。しかし文学がしばしば引き受ける不幸というものを身にまとってことであってみれば、それは文学的不幸というべきものでもあった。それは読まれたことで特定の事柄が不特定多数のものとなる。文学にかぎらない、表現媒体(メディア)かかわる宿命だろう。

『群系』 (文芸誌)ホームページ 

竹内清巳 女性像の象徴性一見


女性像の象徴性一見


                                               竹内清巳(「群系」30号巻頭文)


 今日、世に女性史とか女性学というものが行われている。最近はやらないが女性像ということが盛んにいわれたりもした。女性像がこの国の歴史や文化社会史に未来を拓く象徴的な意味を投げかけるからであろう。女性解放とかフェミニズムとかジェンダーとかが近代の課題として意識されたからであろう。

 しかしポスト・モダニズムが行きつくところまで行きついて、女性文化の構築でさえ、その脱構築がさけばれる今日、女性像がどれだけの象徴性をもって未来を拓くものとなるかどうか疑わしく、過去向きのノスタルジーにおわる危険性がある。

 学生時代「長編小説を読む」という演習があって、有島武郎の『或る女』、翌年志賀直哉の『暗夜行路』がえらばれて、誰の発案か「ぐりんぷす」という学生誌を創刊した。十数年うけつがれたと思う。『或る女』がはじめ『或る女のグリンプス』と題して「白樺」に連載されたこと、主人公の早月葉子の女性像がひどく魅惑的だったことから、その面影をのぞき見ることに心惹かれたものと思われる。その魅惑は同時に、これを改題出版するに際して有島がかかげた広告文にかかわる。


  畏れる事なく醜にも邪にもづつかつて見よう。その底に何があるか。若しその底に何もなかつたら人生の可能は否定されなければならない。私は無力ながら敢へてこの冒険を企てた。


 ひどく大業な自負に満ちた言葉がだ、私が日本の近代文学あるいは現代文学をふくめてある意味で『或る女』を越えた小説は書かれていないといえるほどの問題作であったいまだに考える。

 その後の『暗夜行路』も、はじめ『時任健作』の前歴をもつ大作だが、ひどく健作の男性像が作家の自画像なのも働いて自分勝手に思われて、そのウルトラ・エゴイズムを敵のように暴いた一文を「国文季報」という教室誌に載せたことがある。ただしこちらは、谷崎潤一郎など唯美主義研究の高田瑞穂先生が晩年、この作品への愛を語るのに接し不思議なこととしていたが、私もまた、近年健作をこころに入れる自分を見出している。

 『或る女』のグリンプスは、近代女性文学に夏目漱石の『三四郎』(主人公は三四郎以上に美禰子であるという説に一理を見出す)の美禰子、谷崎潤一郎の『痴人の愛』の奈緒美、川端康成の『雪国』の駒子、堀辰雄の『菜穗子』を生み、現代文学に近づくが、これらはすべて男性が異性の女性像を紡いだものである。これに対して女性が自己と同性の女性像を紡いだものに、樋口一葉の『にごりえ』のお力とか宮本百合子の『伸子』とか林芙美子の『浮雲』のゆき子とか宇野千代の『をはん』などがあるのだろう。しかし、最近年、男性作家からも女性作家からも女性像としてグリンプスを佇立させた作品が見あたらないように思われる。むろん文学が続いている以上、魅力的な女性は描かれているが、人間像として像を結ぶに至っていない。つまりは脱構築にさらされ分解されているのかも知れない。

           *

 さて私の十月は佐多稲子の女性像をめぐって、次のような文章を書き出すに至った












 「舊友への手紙」は一九三九=昭和十四年、「文芸」の十二月号にという往復書簡の形で同時掲載された。「美しかれ、悲しかれ」は堀の改題である。以来題名そのものの持つ象徴力によって、呼びかけたものと呼びかけられたものの友情の物語として、それ以上に文学がもたらす人生的価値の証として、現代文学の伝承となった、と。―「芸術至上主義文芸」「佐多稲子へ/堀辰雄から」。








 トップへ    戻る(30号のページ)へ



















《プロフィル》

竹内清己(たけうち きよみ、1942年2月5日−)は、日本の国文学者、東洋大学名誉教授。


北海道室蘭市に生まれる。千葉大学文理学部卒。森安理文に師事。高校教師、千葉大学教養部助教授、教授、東洋大学文学部教授、2012年定年退任。日本近代文学専攻、堀辰雄を主軸に泉鏡花、川端康成、太宰治などを研究対象としている。2003年「日本近代文学伝統論 民俗/芸能/無頼」で東洋大学文学博士。芸術至上主義文芸学会代表理事。

 

  単著

 『堀辰雄の文学』(桜楓社、1984年)

 『文学空間 風土と文化』桜楓社 1989

 『堀辰雄と昭和文学』(三弥井書店、1992年)

 『センスの場所 近代詩散歩』(みとす社出版部、1995年)

 『文学構造 作品のコスモロジー』(おうふう、1997年

 『日本近代文学伝統論 民俗/芸能/無頼』(おうふう、2003年)

 『堀辰雄 人と文学』(日本の作家100人)(勉誠出版、2004年)

 『村上春樹・横光利一・中野重治と堀辰雄 現代日本文学の水脈』

                        (鼎書房、2009年)

 『臨床の知としての文学』 鼎書房、2012


  編集・編著

 『作家の自伝18 井上靖』(日本図書センター、1994年)

 『作家の自伝52 堀辰雄』(日本図書センター、1997年)

 『堀辰雄事典』(勉誠出版、2001年)

 『堀辰雄『風立ちぬ』作品論集』(クレス出版、2003年)



  共著・共編

  安藤幸輔、金子昌夫、坂本哲郎、大森盛和共著『昭和の短篇小説』

                   (菁柿堂、1989年)

 中嶋尚共著『概説 日本文学文化』(おうふう、2001年)

 竹内恵子共編『いのちの文箱 名作にみる看・護・療』(菁柿堂、2005年)

 馬渡憲三郎,高野良知,安田義明共編『円地文子事典』

                  (鼎書房、2011年)


  参考文献

 竹内清己『堀辰雄と昭和文学』(三弥井書店、1992年6月)

 竹内清己『堀辰雄の文学』(桜楓社、1997年3月)

 『文学論藻』第86号

   (東洋大学文学部紀要 第65集 日本文学文化篇、2012年2月)