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【書評】 竹内清巳「臨床の知」 土倉ヒロ子 【書評】 小野友貴枝「愛の輪郭」 市原礼子




書評】 


竹内清己著『臨床の知としての文学』

     

                   土倉ヒロ子



 この表題を見た人は、文学の臨床的な役割と、先ずは理解するのではないだろうか。私は本書を手にした時、たまたま先の見えない病に遭遇していたので、新薬を求めるように本書を開いていた。竹内清己はーあとがきに代えてーの中で本書が中村雄二郎著『臨床の知とは何か』に影響されて本書を編んだことにふれている。中村はこの本で最後まで医療にふれることなく、「まず臨床の知のなんたるかを、ただ単に医療の問題に限られることなく、一般的の知の在り様あるいは学問の方法として、提示したかったからである」と述べている。竹内もこれにならって、「文学的臨床」があるのではという思いにいたる。その象徴として斉藤茂吉の一首が掲げられている。


あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

―「あかあか」は赤赤で明明、太陽光がイメージされる。

「たまきはる」は魂きわるで、命の枕詞。―


 この一首は、本書全体を照らす光であり、竹内清己の学究生活を貫いたスピリットだと思う。さて、この一首に惹かれて本を開ければ、一章、「生涯」、二章、「場所」、三章、

「死生」の三章に分けられた目次。ほぼ、人生も文学も、この三章に収まるだろうという安定感である。しかし、安定しているからといって、著者は書斎派ではない。良く旅する人である。だが、放浪ではなく、文学探究のための実証の旅なのである。

 本著は、この春、大学の教職退官を記念して、今まで、もれていた講演や講義、雑誌発表などの論文をまとめたものでもある。講演などの論文は著者の語り口が聞こえてきそうな親しさがある。それらは、文学の旅人、文学の語り部としての著者の個性が生き生きと伝わってきて研究を越えた楽しさがある。特に、一章、「生涯」の冒頭にあげられた、「近代文学の女性像」(一九八二年千葉大学公開講座)は、それぞれの作品のヒロインたちを、森鴎外『安井夫人』(こらえる)、有島武郎『或る女』(いきる)、谷崎潤一郎『痴人の愛』(はねる)、堀辰雄『菜穂子』(たたずむ)というような「行動様式」の中で彼女たちの生き方をとらえている。

 これが、三十年前の講演であることに、私は驚く。著者は、これを出発点として近代文学を旅する人になる。ここには、堀辰雄と折口信夫の文学的発火もあり見逃せない。





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【書評】

  小野友貴枝『愛の輪郭』(短編集)
    
       ―職業を貫く女性の愛のかたち―

                           市原礼子


 これが愛というのならば、なんと苦い愛のかたちであろうか。小野友貴枝『愛の輪郭 短篇』(日本文学館)に収められている10編の作品から見えて来るものは、女性が外で働くようになってから、男性の意識は余り変わっていないのに、女性の意識が大きく変わってしまったということだろうか。
1972年以降段階的に、男女の雇用の差別を無くする法律ができ、女性が働くことを促進する時代の流れがあった。結婚後も共働き家庭が多くなり、生甲斐をもとめて働く女性が増え、家庭は豊かになっていく。一方で、働く妻に非協力的な夫もまだ多い。そのような世代の夫婦、家庭がこの作品集の背景にある。家庭では妻は孤軍奮闘、仕事をしながら、子どもを育て、親の介護をし、問題のない家庭を維持することが求められた。
そんな日常から逃れるかのように、若い恋人と会う彩子。夫とは別々の部屋に寝るようになり、寝室から夫の匂いが消えたことに気がつく。大学に通う娘は家を出て下宿をすることになった。間取りの多い家を建て自慢したことが、空しく思い返されるという巻頭の「愛の輪郭」では、まさに失ってしまった愛の輪郭が浮かび上がる。孤独な妻は癒しの場を若い男に求める。会社人間の夫が家庭に居場所がなくなるのと同じように、妻にとっても家庭が居場所ではなくなっていた。しかし、若い恋人も一時の相手であり、永続的な関係ではない。打ち込める確かなもの、最後に残るものは仕事である。
仕事に対する熱意と責任感に男女の差はない。キャリアを積んできた自負がある。ライバルとの静かな闘いが描かれている(「胃カメラに慣れる」)。
子供会の行事で会社の会議を休まなければならなくなったが、やはり気になり子どもを残して会社に行くが、会議は中止になっていた。そこに、子どもが友達に怪我をさせたと電話が入る(「キジバトが鳴く」)。
職場の同僚の真佐子が突然亡くなる。お葬式の準備をするために家にいくと自殺らしいと分かる。真佐子は上司に反抗して転勤になったばかりだった。三人の子どもを残して死を選んだ。まだ幼い女の子の泣き声がつづく。女の子の悲鳴の届かない世界に行ってしまった彼女に憤りを覚える(「月曜日、雨の朝」)。
女性の意識の中で仕事の占める割合が大きくなっている。そんな働く女性の共感を得る作品として、特にこの三作品は印象深い。
                                      (二〇一二年四月・日本文学館発行)



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