『群系』 (文芸誌)ホームページ
34号 《編集余滴》
《編集余滴》
これまで多少の曲折はあってもほぼ当初の予定をそれほど違わずに『群系』は刊行されてきた。その気でいたところが、今回の『群系』は、予測しがたい事情が重なり、秋から冬、冬から春と、気を揉みつつ足踏みしていた。それでもゆっくりと明るい方向に進みつつあった。野口さんに「三月三日に永野さんが退院されるそうです」、とお電話でお伝えすると、「そうですか、雛祭りの日ですね」。弾んだお声がかえってきた。
編集長は予定通り、無事退院された。永野さんの入院中、安宅さんも入退院をされていらした。お二人の退院を喜んだのも束の間。何ということだろう。一週間もしないうちに、野口さん入院、しかも手術後昏睡状態が続いているという知らせを受けた。信じ難いことだった。確かにご高齢ではあるが、明晰な記憶力は仲間内で雑談している時ですら発揮され、とてもかなわなかった。編集長不在の期間、雑用位ならとお手伝いをしたが、原稿の束が傍にあるだけでどことなく緊張していた。草原さんと私は、野口さんとご一緒に二度校正の仕事をした。その用事で何度かお電話したが張りのあるお声は、とても心強くうれしいものだった。野口さんに指図していただけば、心もとなさも吹っ切れて、ほっとすることができた。
桜の季節ももうすぐそこまで来ているのに、何とも落ち着かない気持で過ごしていた。お見舞いすら容易ではなさそうだった。面会謝絶ということをお聞きしていた。それでも、永野さん、澤田さんと病院に伺ってみると、丁度ご親族が面会に来られ入室を許可された。今日一般病室に移られたということだった。部屋の入口に立つと、横向きで寝ておられる野口さんの目が少し開いているように見えた。けれどそれは、気のせいだった。管につながれ一所懸命呼吸されていらしたが、眠ったままだった。妹さんが野口さんの耳元で私たちの来訪を伝えて下さった。三人で順番にお声掛けし、名を告げた。妹さんたちの体を撫でさする様子の愛情深い自然さや、周りの方々とどのように接していらしたかのお話から、これまで文学を通じてしか存じ上げなかった野口さんという方の真の姿を知ったような気がした。「奇跡が起きてくれれば・・」という妹さんのお言葉であったが、私の胸の中にも「奇跡」の文字が祈りとなって常に宿っている。 【編集部M】