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小林弘子著 『泉鏡花  逝きし人の面影に』 同人評






小林弘子著『泉鏡花』−逝きし人の面影にー   土倉ヒロ子 評


 本書は金沢生まれの著者ならではの風土にねざした論考になっているだろう。わたしなどは金沢は京都の次に好きな都でもある。

 泉鏡花の一生は小説にしたら大河小説になるくらいの内容をもっているだろう。その生涯がコンパクトに冒頭にまとめられている。

 文学者からの鏡花礼賛の言葉はつきないが、小林氏は小林秀雄と佐藤春夫をあげている。

  鏡花のうまさという様なものになると、うまさの段階を驀地に登り詰めて、もうその先が ないと言ったようなもので、彼がうまいのか、うまさが彼なのかよく解らない。

                               (小林秀雄)

  この評などは、いかにも小林らしく、読者を煙にまいて納得させてしまう。


  時に鏡花の文章を難解とする向きがある模様である。(佐藤春夫)

 小林氏は佐藤春夫の「難解ならば得心の行くまで反復熟読して」という言葉に導かれて、鏡花研究に邁進してこられたのだろう。

 小林氏は鏡花の「ことばへの深い信仰」にふれている。

  「空中の書いてみせたことばを手で拭き消したり、包装紙に印刷された文字の部分を切り取って保存するなど、・・・」

 普通では考えられない行動を伝えている。

 小林氏は鏡花の奇矯とも思える行動を「鏡花にとって、ことばは神にもひとしい信仰の対象にほかならなかた。」と結ぶ。

 短いながら、鏡花文学の神髄にふれることがらが生い立ちのなかでまとめられていて、鮮やかに鏡花の姿が浮かんでくる。

 作品論では「化鳥」小考と「化鳥」に注目する。

 「化鳥」が金沢地方の売春婦の隠語であったという論証は小林氏の素晴らしい発見であるだろう。

 水難から救ってくれた「五色の翼のうつくしい姉さん」とは?

 少年が探し求める「うつくしいお姉さん」は誰?母か、それとも・・・

 この小説は単なる母恋物語や、女人信仰でもなく、歴史の陰にうずもれていく人々に光をあてていることだろう。母子の生活、母の思想、美しい翼の姉さんを描くことで、近代史の生きた織物を観るように小林氏の言及は繊細な筆運びである。


 今回、本書を手にして、四十年前の鏡花研究を思い出している。村松定孝先生の上智大学時代の頃だったか。

 「泉鏡花研究」冬樹社  昭和51年7月  村松先生の風格のある書体のサインもうれしかった。

 研究書を数冊かかえて、少し背なかをまるめてぽとぽとと歩かれていた村松先生。いかにも、国文学の研究者という風情でした。

 

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小林弘子著

  泉鏡花 逝きし人の面影に        

[目次]

   追憶と鎮魂

 城下町・金沢の風土に育った藝の血筋

 「化(け)鳥(ちょう)」小考

      ―「化鳥」の語が暗示するもの

 「化鳥」

      ―鏡花社会小説の基点

 「鶯花径(おうかけい)」

     ―幼児的母恋い#イけ出た画期作

 「海の鳴る時」

  ―出郷・鏡花の心にあり続けたいで湯「辰口」

 「海(かい)城(じょう)発電(はつでん)」

    ―明治軍国主具と赤十字博愛精神

 「風流線・続風流線」

    ―社会通念への痛烈な恋愛至上

 「縁結び」から「由縁の女」へ

  ―この世ならぬ「姉さん」との結縁こそ

 「河(か)伯(はく)令嬢(れいじょう)」

  ―形代への贖罪と鎮魂・「生涯の決算」を心に


   わが心の泉鏡花

  「露(ろ)宿(しゅく)」

    ―大震災時の鏡花と犀星

  鏡花批判「葉花(ようか)星宿」への疑問

  極端な食癖と郷土の味への信頼

  秋の逗子に 鏡花の足跡を訪ねて

  わが心の「泉鏡花」

  

   2013年11月 発行 梧桐書院 二千円(税別)

   〒101・0024 千代田区神田和泉町1・6・2 

   TEL 03- 5825- 3620    FAX  03 -5822- 2773



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