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[群系」27号 特集 戦争と文学-昭和文学の水脈- 所収論文ほか




【紹介】沖田信悦 著 『植民地時代の古本屋たち』


                          

              野寄 勉


 〈日本・日本軍の統治下にあった地域(植民地・占領地)において、どのような古本屋が存在し、どのような活動を展開していたかを調査し、その結果を記録したものである。あるいは「古本屋から見た日本植民地史」〉(〔解説〕西海和海)とは、意表を突くテーマ。副題に「樺太・朝鮮・台湾・満州・中華民国――空白の庶民史」とあるごとく、政治史・軍事史・経済史が主流の植民地史研究に、古書の流通をとおしての文化史的視点が加わったことになる。

 一九四六年生まれの著者は、船橋高根台の古書店・鷹山堂主人。既に『千葉県古書籍商組合略史』や昭和電工の企業城下町であった郷里の記録『琥珀色の彼方――鹿瀬町とハーモニカ長屋』の著作を持つ。

 章立ては副題の順序で構成されているが、いずれにも各主要都市における古書店所在図が掲載され、神田神保町ほどでないにせよ、一カ所に古書店が集中する傾向がうかがわれる。第一章の章末には一九四四年の『全国古書籍統制組合及施設組合一覧』が付されている。第四章「満州へ渡った古本屋たち」で触れられる「ツブシ」が興味深い。当時のツブシとは、破損したものはもちろん、『少年倶楽部』など子供向け雑誌やガリ版刷り、そして左翼関係書の処分のこと。古紙回収業者から製紙工場に運ばれるルートと包装紙の代替品として扱われる二通りのケースがあった由。

 最終章の総集編・冒頭で、とりわけ台湾と朝鮮には、現地人の古本屋の存在が指摘される。戦局の悪化に伴って商品の絶対量が少なくなると、客は古本を提供しないと本を買うことができなくなる「交換本商法」に内地同様踏み切らざるをえなくなった。ソ連軍進駐後の新京(長春)でのインテリ満人の需要ぶり(ソ連兵にとっては、もちろんたき付け)や、ソ連軍から中共軍、さらに国府軍へと統治者が変わると売れ筋も変化すること、少なからぬ分量の本を抱えての引き揚げの苦労など、瞠目させられることしきり。外地であれ、否、外地だからこそか、本書には世界に例のない、知識欲・読書欲が横溢している。

               (おきたしんえつ 二○○七年一二年 寿郎社 札幌)




【紹介】村上美代治著『満鉄図書館史』

                          

              野寄 勉



 一○四万人以上が引き揚げた満州、終戦時一四万人もの職員がいた満鉄の検証とは、日本人社会そのものの考察にほかならない。うち文化的側面を担う満鉄図書館の研究は「彷書月刊」(88・ )の特集を嚆矢とし、「朱夏」(99・4)が〈満州の図書館とライブラリアン〉を特集した年に、私家版『歴史の中の満鉄図書館』を刊行している一九五三年生まれの著者(龍谷大学瀬田図書館勤務)は、本書において先考「協力事業に見る満鉄図書館の可能性と限界」(2007)などを発展させ、満鉄に直接運営されていた図書館の誕生から消滅に至るまでの活動を展望して、図書館の本質を見出そうとする。

一九○六年に誕生した満鉄は翌年四月、本社三階に調査部図書室を設置して以来、地方行政権が満州国に移譲される一九三七年までに三十一館を展開した。本書はとりわけ必ずしも内地図書館を規範とせず、職員を積極的に欧米に留学・出張させ先進的な図書館経営や理念の習得に努めただけでなく、朝鮮、台湾など外地の図書館との人的・物的交流や職員による自主的な研究会も盛んに行われた。すなわち旧弊に拘泥しない、理想の図書館を目指す試みではあったが、すべて日本人向けの施設として満州統治に一定の役割を果たすという、侵略・支配者としての責任を伴っていた。移譲されず満鉄に留まった大連・奉天・哈爾浜の各図書館は終戦まで運営されたものの、戦時体制の強化に伴い公共図書館としての役割は放棄され、衛藤利夫や大佐三四五、柿沼介といった指導者を含む多くのライブラリアンが現場から離れていった。戦後日本の図書館界を指導し再建した主役が、ほかならぬ高度なライブラリアンとしての技量と図書館哲学を培った彼ら満鉄図書館職員であった。そんな職員だけでなく、利用者、図書及び施設の視点からも、異文化の地に設立された図書館の存在意義や使命を見出そうとする。巻末資料として蔵書冊数と利用の推移や図書館関係年表などが、また参考文献リストも充実している。


                      (二○一○年十二月 発行・著者 A5判298頁 頒価2500円)



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