『群系』 (文芸誌)ホームページ 






























































































トップへ    

戻る(30号のページ)へ






























トップへ    

戻る(30号のページ)へ


















































トップへ    

戻る(30号のページ)へ













































































30号掲載 草原克芳 円地文子論



『女坂』から透視する〈明治〉のパースペクティブ



                             草原克芳





■想定外の「再読」体験

 今回『女坂』について書こうと思い古い文庫本をひっぱり出した。おそらく私が最初に読んだのは、高校生ぐらいの時だろう。

 江藤淳が解説で「私は今まで三度ほどこの作品を通読したが、その都度新しい感銘を受ける」といっている。偶然ながらこちらも三度目である。

 当初、『女坂』の小説空間を支えている繊細、かつ強い文章、たとえば――

「玄関の隣の三畳の連子窓下で川から来る明るい水明かりに針の目をすかせて、仕立物の縫糸をとおしていた娘のとしは、花畳紙をもって部屋に入ってきた母親に声をかけた。」

というような文章の書けた、優れた感性を持つ一女性作家について考えるつもりでいた。

このような文や描写が、なぜ消失したのか。私は過去帳に入ってしまった一連の名詞群のことをいっているのではない。たとえば現代風俗を描くとしても、「水明かりに針の目をすかせる」という光のたゆたいの感覚を、なぜ現代作家はとらえることをやめたのか、あるいはできなくなったのか。

その原因は、伝統の崩壊ばかりではないはずだ。作家の記憶と想起の生理の問題がそこに横たわっている。みずみずしさや映像を失った現代の空疎な自己主張的饒舌体の背景にあるのは、追憶という心の所作ができなくなり、思い出というものをもはや持てなくなった心的構造が理由ではないか。小説家がある表象をじっくりと注視し、それを描写しなくなったならば、一体、この世の中で誰が、そんなアホ臭いことをやるだろうか。

――というようなことを、つらつら論じるつもりでいた。

 ところが、新たな「読み」で起こってしまったのは、「その都度新しい感銘を受ける」ような事態で済まず、いかに私が『女坂』という作品が読めていなかったかという、苦い事実認識となってしまった。


■『女坂』という小説の魅力

 「『女坂』は明治の女の謂わば内緒話である。内緒話の響きを消した小さい声が数十年の時の流れを細々流れ下って、小説の形を取るまで生きのびたのである」

と、作者の円地文子は語る。

 『女坂』という作品は、白川行友という政治家の家族を、その妻である「白川倫」を中心として描いた作品である。この作品の魅力の中心をなすのは、古風な武家の正室を思わせる倫をはじめ、妾である須賀、由美、そして息子の道雅の妻である美夜などの見事な描き分け、人物造型によるところが大きい。それはあたかも、陰翳ある箱の中に、数個の美しい真珠のような球体が、ぼんやりと光を帯びて浮かんでいるような印象である。それらの玲瓏たる光沢をもつ美しい宝珠は、明治期に舞台を設定された小説空間の中で、緊張感を保ちつつ、ときに接触し、ときに離れ、たまゆらのように上下する。人物像が立体球でありながら、典雅な工芸品のような美感もある。ちなみに、この工芸品という言葉は、ネガティブな意味で使っているのではない。作者の映像的感性と倫理的な規矩からくる緊張感が、作品に螺鈿の宝箱のような芸術性を与えているのである。

 導入部で、正妻の「倫」は、行友の妾さがしをするために、赴任先の福島から東京へと向かう。ここからすでに「倫」が宿命づけられた〈正妻という逆説〉が始まっている。夫の正妻でいるために、自分と争わない性質の〈妾〉の発掘を任されているのだ。妻妾同居の家の中で、自らがすべてを采配しなければならず、その権限こそは、正妻の地位を保証する。側室たちはいわば正妻の家臣なのであり、これは単純な一夫多妻制とも違う。このような不本意な生を、白川倫は生きることになる。時代は明治半ばであるが、ほとんどこれは江戸期の「殿と正室」の関係だ。(倫が果たして内面的には何者であるかについては、後に再び触れたい)

 その生涯の最後の病床、愛の消失した忍従の生の終わりに、

「私が死んでも決してお葬式なんぞ出してくださいますな。死骸を品川の沖へ持って行って、海へざんぶり捨てて下されば沢山でございます」

という激しい言葉を放つ。男権中心の「家」という封建的の倫理の中で、倫は犠牲的な生を強いられ、「人工的な生き方」の虚しさを味わいつくした最後に、呪詛に近い言葉を残す。

 しかしその小さな復讐も、行友の「そんな莫迦な真似はさせない。この邸から立派な葬式を出す」の一言で打ち消される。この夫の発した言葉の感触は、官憲による鎮圧の響きによく似ている。

――一般に、『女坂』は、この「封建的な家の中での女性の悲劇」を描いた傑作とされる。それはそうであろう。しかし、今回私が再読した際に立ち現れてきたこの作品のシルエットは、より大きく多層的な輪郭を描いて浮上してきた。

それは、一言でいえば、明治という時代のパースペクティブをとらえた本格小説といった全体像である。


■現場検証としての再読――『女坂』は、女坂ではなかった

円地文子の手になる繊細かつ陰翳にとんだ文体に魅了され、かつまた立体感すら実現している女性群の人物造型に眩惑されていると、案外、この作品の知的な設計が見失われる。

 前景に見えるのは、確かに「倫」を中心とする女性群像であり、とくに羽子板の押絵のような華やかさの中に影のある内気な「須賀」と、若衆らしい少年めいたところのある大らかな小間使いの「由美」、さらに芸者めいた婀娜っぽさをふりまいて、行友と不倫の愛欲にふける息子の嫁の「美夜」の描き分けは、素晴らしい。この妻妾同居の家庭を支えているのが、武家の正室を思わせる「倫」である。これだけでも小説空間を引きしめるには、十分過ぎるほどである。後半部では、さらに作者の筆は自在になり、倫から見た「須賀」、須賀から見た「由美」「倫」というふうに、嫉妬や憎悪や憐憫の感情が、内から外から、微に入り細に入り描きつくされる。

 しかし、著者が少女時代から好んでいた、この鏑木清方ふうの風俗画に魅了されていると、重要な影の部分が見失われる。

 暗い部屋の灯りでも、次第に目が慣れてくると、四隅に人影が潜んでいるのに気がつき、ふと慄然とするものだ。それは白川行友をはじめとする男たちの暗鬱な輪郭である。彼らは単なる黒子でも背景画でもなく、前景の女性陣営を支える重要な脇役であった。『女坂』には女達の〈エロスの論理〉だけではなく、男達の〈力の論理〉も入念に書き込まれていた。つまりこの小説空間は、〈エロスと力〉とのむせかえるような空間なのだ。

次にこの小説を支える主要な男優陣に、当たってみたい。



――『女坂』の男性登場人物――


【白川行友】

 倫の夫・白川行友。そのモデルは福島・栃木時代「鬼県令」と怖れられ、後に警視総監にまで出世した三島通庸(『女坂』では川島通明)の右腕とされる大書記官だ。自由民権運動弾圧の首謀者の一人である。ある日、充血した目をして帰宅した行友が、倫に二の腕を見せると、白い布が巻かれて血が滲んでいる。自由党の秘密集会を襲い、逮捕した夜、血の匂いを放つ行友は、激しい欲望に駆られ、倫を抱く。翌日の新聞ではじめて倫は、白川大書記官が一人の壮士を拳銃で射殺していたことを知る。

 さらにまた、別の挿話。白川が鹿鳴館の舞踏会で葡萄酒を飲んでいると、「八字髭の眼の鋭いフロックコートの男」に声をかけられる。「白川君、福島では世話になったな……礼をいうぜ」愛嬌と憎悪の半ばする皮肉な笑いを浮かべてそこに立つのは、花島という元壮士であった。「驚くなよ、俺は死んだと貴公は思っていたのだろう。(略)権勢をたのんで自己の利益だけに汲々とする君らに、民衆の盛り上がる力を今に見せてやるよ。はゝゝゝ」

かつては、白川の肉を食っても飽きたらぬと豪語していた男である。白川はやがて自分の身にも、失脚、斬首、牢獄送りとなったかつての権力者の末路が迫る恐怖を感じる。妻と妾の抑圧者であり暴君でもある白川行友は、同時に、政治運動の弾圧者でもあり、殺気だった「力の論理」の体現者である。


【白川道雅】

白川家の長男「白川道雅」という人物造型に、円地の作家的手腕は発揮されている。

「道雅は記憶力は人並みに持っているにも拘わらず他人と親しむことの全く出来ない片輪な性質で、塾でも学校でもつき合うほどのものから爪弾きされ、結局は家において若隠居のように暮らさせるより他はなかった」

 自尊心の強い父の行友は、この長男を憐れむどころか嫌悪し、書生部屋に押し込み、妾以下の扱いをする。道雅自身が「自分以外の生きものに対して愛情らしいものの一雫も貯えられていない」という性格であり、「道雅がそこにいるだけで、周囲の雰囲気は異様に醜くなった」。

 倫は、この長男の奇形的性格は、十五歳という未成熟な年で道雅を生んでしまったせいだと思いこむ。妾たちの言いようも酷い。寡黙なはずの須賀も「どんなにお金があっても一人息子でも、あんな半馬鹿の嫌われものと夫婦になるのなんか身慄いがでるわ」

 道雅の二番目の妻の美夜も、奇矯で偏屈者の道雅より、たとえ傲慢でも包容力のある義父の行友に身を任せるようになる。道雅は、美夜との間に七人もの子をもうけながら、妻の臨終の際には「毎週見続けているアメリカの連続映画」を見に行って、帰ってこないのである。

――われわれは、このようにどこか壊れた孤独で奇矯な青年に、馴染みがないであろうか。彼はいわゆる「オタク」、その陰性のタイプ……ではないか。現代社会には、企業や家庭や大学に、無数の「道雅」がいて、ときおり突飛な犯罪をやらかしてメディアを賑わしたりもする。

 母の倫がひたすら「力」の歪みを内向させてゆくのに対して、息子の「道雅」は、すでに存在そのものが周囲に亀裂を生じてしまう。「道雅」という人物造型は、漱石『それから』の「代助」の先駆的な予言性をも連想させる。


【幇間・細井善好】

 時代柄、「江戸―東京」を象徴するような人物も描かれている。「銀の細身の煙管をくるりと指の先でまわす」細井善好は、倫の妾さがしの片棒を担ぐ幇間・男芸者である。ラフスケッチ的な端役に過ぎないものの「力の論理」に生きる血生臭い男性達の中では、休止符的な印象を与える。旗本崩れで、さばけた中にも賤しいところのない、きりりとした粋人という、荷風好みの設定だ。つまり彼は、無用の人、男性陣の中でも、実に対する虚といった存在である。大書記官の白川行友や、上司で県令の川島通明(三島通庸がモデル)が、細川藩や薩摩藩出身の九州士族であることを思えば、この元旗本の幇間・細井善好には、荷風全集に親しんだ作者の軽妙な文明批評が、さりげなく込められているようだ。ちなみに川島・白川の九州士族の高級官吏コンビが、物語前半で福島(会津)に赴任しているのは象徴的である。


【岩本留次】

 倫の腹違いの姉の息子で、熊本から白川家を頼って上京。「ばってん」言葉の木訥な田舎者だが、人間が生真面目で飾り気がない。「国訛りのとれない岩本はぽつりぽつり口重に話しながら人の好い微笑を顔から絶やさない」白川夫婦には恩義を感じて、ことある毎に「手を膝に置いたまま熊のようにいく度も頭を下げる」。以前から、若衆や少年のようなさっぱりした魅力のある由美には秘かに好意を寄せていたが、家長の欲望が美夜に移った後、由美を押しつけられることになる。しかし「家老の妾を下士が貰ったりすること」を普通に見てきた九州男児の岩本は、喜び勇んで由美をめとる。


【紺野】

 薬局に奉公にやられていた少年が、薬剤師の免状を取ろうと上京。やや屈折した書生である。居候先を何度か変えた経験からか、「家の中の権力がどこにあるか、どの糸を引けばどの手足が動き出すか」見つけることに長けている。影では倫を、「婆さん」「西太后」と軽んじ、行友だけを自分の主人とする。後に、美夜に心移りのした行友から、須賀を押しつけられ、暗に結婚を勧められる。しかし、須賀に手をつけたと思われることを怖れる計算高い紺野は、掌を返したように、彼女によそよそしく振る舞う。


【白川鷹男】

 「鷹男は、鷹のように高く飛べ、高く飛べ」行友の孫の鷹男は、幼い頃、祖父に「高い高い」をされて愛でられた小絶対者である。道雅の先妻の残した息子(倫の孫)であるが、しかし長じるにつれ、聡明ながらも読書ばかりしている内向的な青年に育ってしまう。政治権力と家父長制の「力の論理」の体現者であった白川家の孫は、トーマス・マン『ブッデンブローグ家』のハンノのように、ひ弱な青年に成長する。後に彼は、異母妹の瑠璃子と通じることになるが、この辺の近親相姦的展開は、いささかギリシャ悲劇的なニュアンスがしないでもない。鷹男の愛読書に、ソフォクレスの『オイディプス』があげられているのは暗示的だ。


■円地文子――想像力と創作のリビドー

 『女坂』の「エロスの論理」の背景に、殺伐とした男性的な「力の論理」が控えていることが見えてくる。これらの構造はおそらく、作者の想像力の履歴と傾向に起因する。

 この小説家は、どのような経歴か。

 円地文子は、明治三十八年(一九〇五年)に、東京帝大の著名な国文学者上田萬年の娘として生まれ、いわば「深窓の令嬢」として育つ。女学校では欠席が多く、四年で退学。以後は、自由な教育を方針とする父の計らいで、個人教授によりフランス語、漢文などを学ぶ。父が監修していた有朋堂文庫版の『源氏物語』には、早くから親しむ。また、少女時代から、泉鏡花、永井荷風、谷崎潤一郎、ワイルド、ポーを耽読し、歌舞伎や芝居の世界に浸るなど、「耽美と怪異」の世界に惑溺する嗜好が強かった。

 時代的な背景からか、二十代半ばに左翼運動、プロレタリア文学にひかれるようになり、平林たい子、片岡鉄兵と知り合う。十一歳年上の片岡は、新感覚派からプロレタリア文学に移行した作家であるが、一時、二人は恋愛関係となる。その後、朝日新聞社記者の円地与四松と結婚するが、この生活は不幸なものに終わっている。この経験が、後に小説家として「倫」という登場人物の創造に結晶してゆく。


 ――ざっと円地の経歴を見てみると、作家の内面で「怪異・伝統美」のみならず「革命・政治・自由思想」といったものが、奇妙なアマルガムを形成していることが見えてくる。

これはそのまま『女坂』の内容に反映されており、歌舞伎や怪異への耽溺は、「倫」のお岩的側面として描かれ、「革命・政治・自由思想」は、明治を構築した九州士族による政府権力と、自由民権運動との階級闘争(?)として取り込まれている。

 ぜんたいとして、小説空間が純文学にありがちなスタティックな心理的停滞に終わらず、たとえば白川が壮士に襲われた晩の血生臭いシーンなど、一種の歌舞伎的な見せ場も、さりげなく盛り込まれて効果を発揮している。これは劇作家としての手腕であろう。円地文学の中の「血・革命・怪異・闇」への志向は、もう一人の物語作家にして古典主義的な戯曲家である三島由起夫との秘密めいた姉弟関係を匂わせている。


■『女坂』の構造

 ここで少し俯瞰してみたい。このように見てくると『女坂』という小説空間の重層的な稜線が見えてくる。近景から遠景まで、淡く、また濃く、そのラインは浮かび上がってくるのである。以下、前景から遠景へ、ゆっくりとカメラを向けてみよう。


@女性群像(エロスと抑圧/正妻と妾)

A男性群像(力と闘争/政府権力と自由民権運動)

B明治のパースペクティブ(白川家三世代に渡る血縁のドラマ)

C超現世的価値・魂の救済(仏教・浄土真宗)


といった構図が見えてくる。手前から@〜Cという順である。

 主人公の「倫」は、そのすべての層にかかわる存在として造型されている。

 円地はこの作品を語った随筆の中で、七つになる女の子に「お母様、お宮さんに行く段々には男と女とあるんですってね」と尋ねられ「そうよ、正面にあって真っ直ぐで急な段々が男坂、横の方に曲がってついていて、だらだらと坂の長い方が女坂っていうの」と答えたという。

 『女坂』で語られる主題は抑圧された女性心理であるが、作者はその陰翳を支えるのに、しっかりと「男坂」の情景を描き込む。二つの坂道が、頂きではしっかりと出合う恰好となる。小説家の内部の男性性が、それを可能にせしめたのである。

 「エロスの論理」を描く円地文子の繊細な文体や華麗なイメージの背景に、男たちの血と闘争の「力の論理」が描きこまれ、そこには物語絵巻的な想像力だけではなく、劇的・構築的知性が働いている。


■「倫」とは何者か?「お岩――イダイケ夫人」

 先程、円地文子の経歴と資質について、大雑把に確認してみた。作家が創造した「白川倫」について、次に検証してみたい。

 前半部(一章)の福島を舞台とする情景において、倫が妾の須賀や幼い悦子などとともに、『東海道四谷怪談』の芝居を見に行くエピソードが挟まれる。

 倫は舞台を見ながら、「まっすぐに人を信じていて見事に裏切られてゆくお岩の運命が他人事ならず感じられる」というレベルにまで、感情移入してしまう。そして行友に激しい愛と怨念を持つ自分自身を、「異形な悪霊と変化して行く」お岩になぞらえる。芝居を見ながら、「お岩になってはならない(略)私が狂人になったらこの子たちはどうなるだろう」と悦子の小さな体を抱きしめる。ここには作者自身の告白が託されているかも知れない。

 一方で倫は、実母の奨めにより、仏教や弥陀の救いへと心を寄せる。築地本願寺別院で、夫と息子への愛ゆえに地獄に堕ち、仏の救いに帰依する「イダイケ夫人(韋提希)」の法話に聞き惚れる。これは王舎城に起こった阿闍世王子のクーデターの挿話で、憎悪の化身となった王子は、父王を牢に幽閉する。イダイケ夫人は、息子の目を逃れて秘かに牢獄に通い、全身の肌に塗りつけた蜂蜜を夫に舐めさせ、その餓えを満たしてやる。しかし発覚して、夫人もまた牢獄の人となる。その地の底の暗黒世界の祈りに感応し、光を放つ釈尊が現れる。仏陀は、阿闍世王子の過去世の因果を説き明かし、燦然たる浄土と阿弥陀如来への帰依を示し、夫人の魂が救済される『観無量寿経』の有名な逸話である。


 「倫」はこうして、〈お岩的怨念〉と〈イダイケ的救済〉という両極性に、魂を宙づりにされ、上下に激しく振幅される。地獄と極楽、闇と光の二極性。しかし果たして倫は、単に引き裂かれ、葛藤するだけの受け身的存在であろうか。

確かに「倫」は封建的、かつ男権中心主義的な家による抑圧の犠牲者である。この小説の社会的側面だけを見ればそうであろう。

 とはいえ「倫」の内部には、何か謎めいた部分がある。

彼女はあたかも、大乗仏教の中観帰謬論証派のように、相手側の論理をわざと徹底させることにより、その矛盾を露呈させる。夫である暴君の白川行友のエゴと欲望通りに生きてみせることによって、彼自身が次第に追い詰められていく構図を、生涯をかけて構築してゆくのである。

「お岩」にして「イダイケ夫人」という矛盾した実存を生きるとともに、彼女独自の「個性的な不幸」を徹底化させて創造する。倫のストイシズムは、行友に対する怨念・報復が主なモチベーションであろうが、深層においては逆説的な求愛である。しかし、そのような〈正妻という逆説〉を強いられた生を、「わざと生きてみせる」ストイシズムは、ほかならぬ倫自身のエゴイスティックな美学でもある。倫は決して弱者という存在に終わってはいない。

 実のところ行友は、倫を怖れている。彼女の皮膚の下に「熱い血が油火のように燃えていること」を誰よりもよく知っており、「白川からすれば十以上も若い筈の妻が時に姉のように見えて驚かされる」のである。行友と倫とは、「自分達が生まれ育った中九州の照りつける容赦のない夏の陽」の心象風景を共有しあっている盟友でもある。

この互いに決して譲らない夫婦は、いわば明治期にまでカタチを変えて存続した「武家・士族」というものの最後のありようを、左右から支え合っている雌雄一対の連獅子のような存在といってよい。

「死骸を品川の沖へ持っていって、海へざんぶり捨てて下されば沢山でございます」との言葉は、正室の隠し持っていた懐刀が一瞬光ったのであり、「殿」はその時、ギクリとしたのである。


 最終章(章タイトルも「女坂」)で、倫が粉雪の降る坂道を歩きながら、市井の貧しくも温もりのある団欒を脇に見て、「人工的な生き方の空しさ」を嘆く。

 これは、夫に強いられた生が人工的という以上に、倫が発明した独自の生が人工的なのである。もちろん、旦那の命を受けて妾を見繕う正妻という役柄は強制されたものであるが、何もそれを首尾一貫させてみせる必要はない。その不本意な役柄を徹底化させ、演じ抜いてみせたのは、倫自身の意地であり、九州士族の妻(正室)としての美意識である。

寒々とした雪の坂道を歩きながら彼女が噛みしめているのは、エロスと愛を断念して「誇り」を選んだ生の虚無であろう。倫はあえて「独自の個性的な不幸」を創造したのであり、それは自らを主人公としたドラマ・作品の創造に通じる。「ざんぶり」の一節が、決して陰々滅々たるものではなく、どこか爽快感が感じられる秘密がそこにある。

 夫に一矢報いたあとの倫の白い顔は、臨終の際、品川沖を吹くそよかな海風を浴びている……。


■〈正妻の逆説〉を生きるという自己表出

――毅然とした「武家の正室」を思わせる「倫」は、作者の祖母の村上琴がモデルだという。これは半分は事実であろうが、半分は物語作者のアリバイである。なぜなら、祖母の「内面」をモデルとして、倫の「内面」を結像することなど、不可能だからである。

 「倫」とは円地の自己表出の架空の結晶体であり、〈深層の自己〉の鏡像でもある。たしかに夫の妾を斡旋する正妻というサンプルは、当時実在したかも知れない。しかしそれは必ずしも「倫」ではない。「倫」は、〈正妻の逆説〉を徹底させて生きる。これは現実にはおよそ不可能な生である。したがって、小説空間内だけの象徴的な生命体なのであり、とりもなおさず、円地文子の独創的な発明品である。つまり作者は、作品空間を通して紙上人体実験をしているのであり、主人公に心的な〈地獄巡り〉をさせることによって、実存の諸相の深層の一面を、「作者/読者」の意識のもとに晒したのである。

 「事実をありのままに正直に書く」のが小説ではなく、このような血肉の詰まったツクリモノを創造することこそ、小説の本道であろう。これが(作者と臍の緒が繋がった)架空の人物を創出することで切り開かれる、新たな生のリアリティの追究である。

 『女坂』は結果としては、「随筆が書けない小説家(円地自身の談)」による私小説批判の側面をも持っている。一人称の随筆が書けない、あるいは書かないと主張することによって、自然主義的リアリズムふうの自我のペルソナから解放されて、ヒドラのように多頭・多元化した「仮面の告白」が可能になる。

 円地は終生、「事実を、ありのままに、正直に書く」野暮で生真面目な男性文士に包囲されていたであろうが、円地の視線から見れば、白川行友的な暴君的男性は、明治・大正の私小説作家たちに、実によく似ていたことであろう。

伊藤整的にいえば、彼らは封建的家父長制度、白川行友的「力の論理」からの「逃亡奴隷」であり、それゆえにシステムの陰画である。一方、虚構の物語作者である円地文子の精神は、「仮面紳士」ならぬ「仮面淑女」であったといえる。


■「人物造型」という形式を用いた思想表現

 先程、『女坂』のひとりひとりの男性登場人物のポートレイトを書き記しながら思ったのは、果たして現代小説の中で、人物像そのものを独立した〈個〉として性格を語れる例が一体、何人いるだろうかということであった。

派手な事件を成立させるための底の浅い平面的な「キャラ」ではなく、ラウンド・キャラクター(球体人物)といえるまでの人物造型が、いまどのくらい存在するのだろうか。そもそも日本文学史において、その種の人物造型は、どの程度実現されているのか。

 『女坂』の人物達は、確かにバルザックやスタンダールの人物像のように、大型でもデモーニッシュでもないが、十九世紀の巨匠たちが創造した人物と同様に、正面から、横から、斜め下から、反対側から、じっくりと眺めることのできる立体球となっている。

 登場人物が「たまゆらのように上下してふれあうような、玲瓏たる光沢をもつ美しい宝珠」のような『女坂』の独特の美感は、この人物創造の秘密と無縁ではない。


 意識の流れ、状況の文学、現代人の心理の複雑化といったコンセプトによって、作家は人物像の造型を、古くさいこと、あるいはすでに卒業してしまったこと、と思っている。他にもっと現代作家がやるべき重大なことがある、と信じているようだ。しかしそれこそが、今日の小説創作を阻んでいる不毛な固定観念ではないのか――ときにはそう疑ってみるのもよい。

『女坂』に注がれた思想感情は、それぞれの人物像に還元され、水晶球のように結晶化されている。小説空間に繊細に張られた細いピアノ線を微妙にふるわせながら、それらは見事に均衡している。登場人物たちは、主人公「倫」のみならず、作者の「深層の自己」「多元的な不定形の自己」から生み出されている。

 円地は、批評意識によって己の意識の下層に切り込み、そこから人物像を掘り起こし、それを明確化させて育て上げ、一個、もしくは複数の結晶体として摘出する。

 「自己批評=創造=人物造型」という、小説の最も高度な方法を実行しているのだ。



■文学から「描写」と「人物像」が消えたのは、同一の問題

――ここで最初の問いに戻ってみたい。

 筆者はこの論考のイントロで、「作家は、表象が注視できなくなってしまった。小説家がひとつの表象をじっくりと注視し、それを描写しなくなった」との見解を述べた。

 しかし、考えてみればこの問題は、情景描写、風景描写に限らない。

 小説家が注視し留意すべきは、人物像なのだ。「意識の流れ」や「自己とは何かという問い」を、知的に分析・説明することではなく、作家の意識の下層から「人物」を掘り出し、それを客体として球体化し、ホログラフィのような球体表象として日の下に晒すことである。結果的に、それらの心的な問題にも光が当てられる。しかも、知の他分野とはまったく別の方法によって、それは探究されるのだ。

 〈個体としての人間の研究〉〈人間性の博物誌〉という要素が、いかに日本文学史には少ないかについては、熟考に値するであろう。

 作家は、ある特徴を持つ人物像を、受胎し、培養し、養育させる。立体感も象徴性もない「高橋信一」とか「佐々木瑶子」とかの記号でしかない人物が、人を殺そうが、バイオレンスを演じようが、セックスしようが、金で追いつめられようが、読者は結局のところ、どうでもよくなってしまう。

 しかしそれらの人物達が、事態が進展するに従い、個性の球面にさまざまな表情を示しつつ、怒ったり、すねたり、驚いたり、媚びたりしながら、いつしか読者の「身内」になって行くとしたら、そうもいかなくなってくる。

こう考えてくると、『女坂』という小説が達成していることは、相当に高度なことなのであり、スケールは別としても、円地は十九世紀のフランスやロシアの大作家と同じ手法によって「小説」としての精神と構造とを作り上げている。

 自己批評が、そのまま文明批評になり、時代批評になり、それらは見事な相似形を描いて重なり合っている。しかもその高度な自己表出は、思想感情の「個体化」という技を通して、小説空間の中で展開される。

 三島由紀夫はこの作品を、志賀直哉の『暗夜行路』を文学史的に補完するもう一つの傑作としている。

 「『女坂』は明治の女の謂わば内緒話である。内緒話の響きを消した小さい声が数十年の時の流れを細々流れ下って、小説の形を取るまで生きのびたのである」

 作者はひとごとのように語っているが、この品の良い韜晦に、騙されてはいけない。

数十年に渡る細々とした想念の流れのほとんどは、円地文子の内面で展開されたのであり、そのまま放っておけば消えてしまったであろう人物や記憶の培養池となったのは、まさしく小説家の胸の内以外、どこにもありはしない。

 それらの言葉や形象は、作者の深い心の色で染められ、慈しみを持って回想され、何度も意識下の水に浸けられることで、はじめて「詩」の彩りと耀きを帯び、ゆっくりと熟成し、発酵し、甦ってきたのである。


――騒がしい現代小説に食傷したとき、一見古風に見える『女坂』のような原酒を再読してみることは、精神衛生上たいへんに良いことである。

 読者のざらついた舌先は、カクテルや酎ハイの味に馴らされて、濃厚な原酒の味を忘れかかっている。いまや「文学の実感」は稀となり、「文学の像」も曖昧になってしまっている。もはや、古いも新しいもない。本物とまがい物があるだけだ。ある作品が文学であり、同時に本格的な小説の構造を持つことは、奇跡に近いことである。

 その細くて強靱な道筋を実現している『女坂』は、執筆年が古くても、読者がページを開くたびに新たなアウラを放ち続ける芳醇にして確固たる文学作品である。                            〈了〉




トップへ    

戻る(30号のページ)へ 


草原克芳『砂の女』と『箱男』 ―二人の失踪報告書―(29号掲出)